双魂の旅人

しばぴよ君

プロローグ

 物心ついた時には、自分の中にもう1つ別の存在がいることに気が付いていた。


 それが普通だと思っていた僕は、いつも頭の中でそいつと笑い合ったりケンカしたりしていた。


 基本は僕が主となって身体を動かすことが多かったが、度々ごねられて主従を交代することもあった。


 身体の操作を明け渡してる間はスゴく変な感じで、まるで特等席で自分ではない別人の人生を見ているような体験ができる。


 これはこれで、楽しくて好きな時間だった。



 そこから少し時が流れ、肉体の年齢が5歳を迎える頃、父に教えられて僕たちには母親がいないという事実を知る。


 確かに、常に側にいたのは美しい金の長髪を携えた細身で美麗な父のみで、母の存在は考えたこともなかった。


 父曰く、母は僕たちを産むことに力を使い果たして亡くなったそうだ。


 そして、その時亡くなったのは母親だけでなく、共に産まれる予定だった兄弟も産声を上げることはなかったと聞いた。


 なぜ急にそんな話をしたのか、と父に問いかけると、「今お前の中に、産まれなかったはずの兄弟がいるからだ」と告げられた。

  

 よく身体の主従を入れ換えて遊んでいたのだから、父がその不自然さに気付いていない訳がない。


 つまるところ、身体の中に自分と別の存在が同居している状況が普通でないのだと、この時初めて理解した。


「今後は人前で、入れ替わるようなことをしてはいけないよ。お父さんと約束してくれるかな?」


 僕たちは、父と約束を契った。


 まぁ父以外の人なんて見たこともなかったから、特に不便もなかったしね。


――――――――――


 さらに1年の時が流れ、6歳になった僕たちは、突然身体に異変が発生して3日3晩の高熱にうなされることとなった。


 熱が収まり、ようやく身体を起こせるようになると違和感を感じる。


 1番の違和感は目、と言うよりかは視界だった。


 何か空気の流れのような、世界に溢れる気のようなものが見えるようになっていた。


 そして、その空気の流れのようなものは僕の背中にも流れ込んでいるように見える。


 ちなみに、2番目の違和感は背中が熱いことだ。


「あぁ、ついに魔術回路が開いたんだね。さすがは僕の子だ。どれ、見せてみなさい」


 本当に嬉しそうな柔らかい笑顔を浮かべる父曰く、身体の成長に伴って種族特有の体内器官が活動を開始したらしい。


 魔術回路は独特な役割を持つ器官となっており、外部から自然エネルギーを取り込んで回路に刻まれた術を発動するそうだ。


 刻まれる術式は1つのみで、全く同じ術式を持つ者はおらず、各個人それぞれが特有の術式を持っているそうだ。


「うんうん、魔術回路を見る限り、僕と同じ風系統の術式みたいだね。これなら基本の操作は教えられそうで良かった。まずは自分の術式を理解して、完全に操作できるようにならないと危ないからね。早速明日から稽古をつけようか」


 それからは、ひたすらに父との魔術操作訓練をこなし続けた。


 とにかく魔術操作は精神がすり減る。


 膨大な自然エネルギーを体内で変換、かつ出力を制御する必要があり、多大な集中力を要した。


 教えてくれる父は涼しい顔で自分の魔術を使いこなしており、父のスゴさを感じる。


 いつも近くの森に行っては、大量の獣を狩ってくるのでただ凄腕の狩人としか思っていなかったが、魔術師としても力量が相当そうだ。


 父の魔術は<旋風サイクロン>というもので、その名の通り自然エネルギーを旋風に変換して出力するものだ。


 父の術は小回りも利けば、重ねることで大規模な竜巻を起こすこともできる。


 何なら人を乗せて運ぶこともできるらしく、よくそれで空の旅も楽しんでいるそうだ。


 正直、めちゃくちゃ羨ましかった。


 一方で僕の術式は、<暴風ストーム>というものだった。


 これは父の魔術とは異なり、大規模な暴風を巻き起こす危険な術だったのだ。


 父は、力強い母を思い出すとか言って感動していたが、小回りも利かないし嬉しくない。


 頑張って小さな暴風の出力に成功したが、圧縮されたせいか風が刃のように鋭くなってしまい、人を運ぶなんてもっての他だった。


 それでも、こんな術を操作できないのは危険すぎるので、好きな術ではないが稽古は必死に行った。


――――――――――


 それからさらに時が流れ、僕たちは10歳になっていた。


 この頃には、朝に体力作りをこなして昼に魔術の個人練習、夕方から寝るまでの間は昔父が各地で集めたという本を読んで知識蓄積、といった日々を継続して過ごしていた。


 なぜ、魔術の稽古が個人練習になったかと言うと、半年ほど前から父が床に伏せてしまったのだ。


 決して、僕の腕前が1人前になったというわけではない。


 父の体調はあまり芳しくなかった。

 僕たちはとても心配しているのだが、当の本人は悟ったかのようにずっと落ち着いている。


 その日、僕たちは「どうしても話しておきたいことがある」と父に呼び出されていた。


 父の体は元々細かったのに、今では本当に骨と皮しかない。


「突然すまないな。本当はもう少し確信を得てから伝えたかったのだけど、もうあまり時間は残されてないようだ。早速だが、手短に伝えよう」


 ベッドに横たわりながら顔だけこちらに向けた父は、申し訳なさそうに続ける。


「まず1つ目だが、この先お前達の寿命はそう長くないだろう。驚くのもムリはないが、理由は単純で2つの魂を1つの肉体で持つなど限界があるのだ。器の磨耗が早まってきている。私の見立てでは、もって後10年程だろう」


 不思議と驚きはなかった。

 年を追うごとに、あいつと身体の主従入れ換えを行うと肉体疲労が抜けにくくなってきていたのだ。

 当初は運動不足が原因かと思い、ここ数年体力作りに力を入れていたのだが、単純に肉体の限界が近づいて来ていたのか。


「そして2つ目だが、お前達は旅に出なさい。そこで探すのだ、生を伸ばす方法がないかを。肉体強度を上げるか、魂と肉体を分離させて移すか、何かしらの方法で実現できるかもしれない。本当は私が探してやりたかったのだが、どうもそれはできなさそうだからな。それにちょうど良い機会だ、本を読むだけでなく、自分達の目で世界を見てみなさい」


 旅をすること自体は僕たちも考えていた。

 父と暮らすこの場所は、周囲に誰もおらず世界から隔離されている。


 僕たちは本を読んで知識を得たことで、世界に興味が湧いていた。


 父が見立てた寿命から考えると、僕たちの生はすでに半分を経過している。


 悔いなく残りの生を使うために、どうせなら旅に出てしまうのが正解だろう。


 ただ、そうなると父を置いていくことになる。

 この状態の父を置いては、さすがに行くことができない。


「最後の3つ目だが、私のこの体調は禁忌を犯したことによる報いで、当然の帰結なのだ。今こんな場所で暮らしているのも、そこの事情が絡んでくる。不便をかけてすまなかった。しかし、私自身はそのことを後悔していない。素晴らしい妻を取り、可愛い2人の息子達と過ごせたのだ。こんな幸せなことはない」


 禁忌とは何なのか、なぜ犯してしまったのか。

 父は僕が質問を投げかけたいことに気付いている様子だが、構わずに言葉を連ねる。


「私はもう風前の灯だから、私の命が終わったら直ぐにここを発ちなさい。お前達は勉強しているから分かっていると思うが、外の世界では種族間の隔たりが強い。以前の約束は忘れずにこれから先も守り続けるようにな」


 そこまで言い切った父は、細くなった右腕を上げて手招きをする。


 父に近付いて姿勢を落とすと、手招きしていた父の右手が伸びて、頭を触れられるのを感じた。


「本当に大きくなったなぁ。もう守ってやれなくてすまない。リック、カインお前達のことを愛してるよ」


 父の目からは大粒の涙がいくつもこぼれ落ちていた。

 僕の目からも一筋の雫が頬を伝うのを感じる。


 次の日、父は晴れやかな表情で亡くなった。


 それから1月後、僕たちは僕たちのための旅を始める。

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