第42話 ゴルドー・リアネル

 これは意識の狭間に見た走馬灯のようなもの。

 ゴルドー・リアネルの半生と原点である。

 






 四方を海に囲まれたスワァール大陸。

 大陸の東側は魔王が統治する魔国ディアロスが広がっており、西側には人間が統治する国々が乱立している。


 大陸の西側、すなわち人間の国々の中の一つにランドルムという国がある。


 ランドルムで侯爵の爵位を持つリアネル家。

 当主、レオナルド・リアネル。

 その妻、メルタ・リアネル。

 二人の間には子供が一人いた。


 それこそ、後に統合軍の軍人となるゴルドー・リアネルである。


 ゴルドーは両親から深く愛されて育った。

 円満な家庭に生まれ、何不自由なく暮らしてきた。


 その上、血筋にも恵まれていた。


 父はランドルムの頭脳と呼ばれ、王を支える敏腕貴族。

 母は大陸随一とも称される魔法学都ライブラの魔導学院の元講師。


 父譲りの優れた頭脳と母譲りの魔力素養を持ち合わせるゴルドーはまさに秀才だった。



 幼少期から多くのことを学んだ。

 侯爵家の次期当主たる心構えから始まり、礼儀作法、知識、武術に至るまで。

 各地から招いた、一流の教師たちから教えを受けた。

 時には、レオナルドやメルタが自らゴルドーに教育を施すこともあった。


 その甲斐あってか、およそ同年代の子供が数年かけて学ぶ内容を一年と満たずに身につけてみせた。



 貴族御用達の学院に通うようになってからは、友にも恵まれた。

 類いまれなる才を持ちながら、決して驕らず、誰に対しても分け隔てなく接する。

 そんなゴルドーの性格は周囲の人望を集めた。

 気の置けない友人たちに囲まれ、かけがえのない学生時代を過ごした。


 当然のように学院は主席で卒業。

 卒業後は、様々な方面からの勧誘を蹴って、軍に入隊した。

 民を守る貴族として、見識を深めると共に、自分も何か力になりたいと思ったからである。



 養成学校では持ち前の魔力素養が光った。

 期待の逸材だと言われ、周囲からの期待を集めた。

 指導を受ける中で魔法の師と呼べる人に出会い、武装拳を習得するに至った。



 誰よりも先頭を歩いてきた。

 自分で言うのもおかしな話ではあるが、それに足るだけの能力を持っていると確信していた。


 この時のゴルドーは自信に満ちあふれていた。



 ただ、そんな時間は長く続かなかった。



 現実は想像よりも遥かに無情で。

 逸材だ何だと呼ばれていても、届かないものは沢山あったのだ。


 

 軍人として初出動の日。

 課された任務は魔族の被害を受けた村の避難誘導。


 既に魔族は先遣隊が討伐しており、残された住民を移送するだけ。

 全員を馬車へと収容し、安全な村へと向かう。

 任務は何事もなく、終わるはずだった。



 一匹の魔族が姿を現すまでは。



 これがただの討ち漏らした魔族だったなら、良かったのかもしれないが。

 現実はそう甘くなかった。


 脅威認定魔族、ラギネイア。

 これまで無差別に街や村を襲っては虐殺を行った竜人である。


 竜人は極めて高い魔力を持ち、知性もある竜種の中の一種。

 人間と酷似した身体でありながら、その背中には特徴的な翼を有している。

 竜種の身体能力は人間を遥かに上回っており、魔族の中でも適うものはそうそういない。


 希少な種族のために出会うことは滅多にないが、出会ったならばすぐに逃げろというのが、一般の常識である。

 それだけ竜種と人間の間には絶望的なまでの差があった。

 

 そんな竜種である竜人が目の前に降り立った。


 どうしてこんなところに竜人がいるのか。

 頭に浮かんだ疑問は一瞬で吹き飛んだ。


 何だ、これは。


 常識外れの魔力。

 漂わせる気配だけで、力の差を見せつけられているよう。


 勝てない。


 一瞬で敗北を悟った。

 だが、後ろには守るべき住民がいる。

 退くわけにはいかなかった。



 剣を取った結果は明白。

 一矢報いることすら出来ずに負けた。


 一部逃げた者を除いて、民間人はほとんど殺された。


 逃げる時間を稼いだ仲間も同じ道を辿り、深手を負った自分も終わりを待つだけ。


 声にならぬ慟哭も不甲斐なさに流れる涙も圧倒的な力の前には意味をなさない。


 これで終わるのか。


 あっけない幕切れに目を閉じた、その直後。



 突然、ラギネイアの魔力が弱まった。


 重たい目を開けると、そこにはラギネイアの首を持った男が一人。

 首を失った身体は血を流しながら、その場で倒れる。


 一体、何が――――。


 状況把握をしようにも、もう体力は限界を迎えていた。

 意識がどんどん薄れていく。


 その中で、たった一つ。


「やっぱ、臭えな」


 その声だけが耳に残っていた。





 ゴルドーは現場近くの兵舎で目を覚ました。

 近くを巡回していた兵士に発見され、保護されていた。


 兵舎内は非常に慌ただしかった。

 あの場から逃げおおせていた民間人も保護されており、その事後処理に追われている最中だったのだ。


 方々を兵士が駆け回る。


 その騒がしさの中で。


 せわしなく動く兵士たちとは、反対に隅で佇む少女が一人。

 ぬいぐるみを大切そうに抱きしめたまま、俯きがちに一点を見つめている。


「どうしたの?」


 ゴルドーは少女に訪ねる。

 少女はゴルドーを一瞬、見たかと思うとすぐに顔を元の位置に戻した。


「お父さんやお母さんは?」


 少女は何も言わないまま、真っ直ぐ指を差した。


 その指先を視線で辿っていく。


「っ――――」


 視線の先にあったのは、床に横たわる複数の人。

 顔には布を被せられ、それらが回収されてきた遺体だということはすぐに分かった。


 少女をよく見ると、目元が少し赤くなっている。

 きっと先ほどまで泣いていたのだろう。


 既に涙も流し切り、表情を失った少女の姿はゴルドーの中に深く刻みこまれた。


 救えなかった。

 守れなかった。

 何もかもが届かなかった。


 そんな悔恨の念と共に。

 この時のゴルドーは少女に何も言葉をかけることが出来なかった。





 一件が落ち着いた後、ゴルドーは新設させる統合軍に志願した。


 統合軍は国の垣根を越えて、幅広く活動するための軍隊。

 設立理由には勢力を増すディアロスへの対応も含まれており、前線を担う役割を持つ。


 高位の貴族でもあるゴルドーの志願に周囲の動揺と反対は大きかった。

 だが、そんなものは意にも介さず、全部押し切った。


 それは恵まれたが故の甘さを消すため。

 それは貴族として生まれ、育ってきた自らの意義を問うため。

 何よりも二度と少女のような被害者を出さないため。



 かくして、並々ならぬ決意を持ち、ゴルドー・リアネルは統合軍人となったのである。

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始まりは魔王と共に。新米モンスターテイマーの冒険記 かなめ 律 @kaname56

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