第41話 募る思い

 ミラーボールと戦い始めて、五日目。


 勝利した数は五十を越え、勝ち星を挙げるペースが落ちてきた。


 久しく武器を持って戦っていなかったこともあり、身のこなしが少し硬く感じる。

 最初こそごまかしが効いていたが、次第に追いつかなくなってきている。


「はぁ……このままではきついな……」


 滴る汗を拭いながら、目の前の敵を見る。


 つい先ほど食らわせた斬撃の後も既に無く、元の形に戻っている

 正直、この光景はなかなか堪えるものがある。

 

 加えて、向こうは確実に強さを増している。

 それも劇的に強くなる訳ではなく、ギリギリ対応できるかできないかのラインを攻めてくる。


 もはや余裕などなく、常に自分の限界を試されている感覚。

 

 鍛錬でもここまで追い込まれたことは未だかつてなかっただろう。


「それでも……!」


 全身の力を振り絞って、ミラーボールへと走る。


「せいッ!」


 ありったけの力で振るわれる剣。

 身体に疲労が溜まっているとはいえ、加減したつもりなど微塵もなかった。


「ふ……」


 ミラーボールの微笑が見え、あっさりと切り返される。

 こんなものは見切った。

 言葉はなくとも、そう伝わってくるほどの軽い動きだった。


「ちいっ…………!」


 届かない不甲斐なさ。

 常に進化する敵。

 どうにもならない状況が苛立ちを募らせる。


「まだだッ!」


 切り返されてなお、剣を振る手を止めない。


 苛立ちは冷静さを失わせる。

 精細さを欠いた攻撃が通用するはずもなく。

 

 全て受けきられた上で、簡単に弾き返されてしまった。


「くそっ……!」


 攻撃のタイミング、方向、習得している剣術。

 あらゆる組み合わせ、工夫で打ち合うが、もう通じない。


「僕の力なんて、こんなものか……」


 自分の力に落胆する。

 もう少し自分はできるものと思っていた。


 軍人として様々な任務をこなしてきた自信がそう思わせていたのか。

 自信過剰と思ったことは一度もなかったのだが……。

 僕も自分の力を信じ過ぎていたのかもしれない。


 違う。

 今はそんなことはどうでもいい。


 ネガティブな思考を両頬を叩いて打ち消す。

 大事なのはこの局面をどう打開するかだ。


「やってみるか……」


 これは試練だが、あくまで修練。

 ここで出し惜しみしていては、越えられる壁も越えられない。


 僕は剣に魔力を込め始める。

 ただ込めるだけではなく、剣の輪郭、構成、使われている素材の感覚、それらを詳細に捉えられるように慎重に魔力を流していく。


 今から試すのは僕が武装拳を習得するきっかけとなったもの。

 武器を自分の魔力で満たし、完全に身体と一体化するという技術である。

 

 僕が訓練生だった時代。

 当時の戦技教官に教えてもらった。

 教えてもらったといっても、僕も教官自身も使いこなせた訳ではなくて、理論だけ。


 教官はこれを成し遂げるにはセンスもそうだが、何よりも魔力を身近に感じることだと言っていた。

 身近に感じるほど、魔力と向き合う根気が必要だが、俺にはその根気がなかったよ、と笑っていたのはいい思い出だ。


 その後、試行錯誤を重ねて、自分が使えるレベルにまでスケールダウンしたのが、武装拳。

 物理的に別物である武器ではなく、自分の身体を武器と見立てて魔力で再現することで疑似的な一体化を完成させた。


 しかし、武器そのものではない以上、リーシェの言うようにイメージ力に再現度が左右される。

 いくら様々な武器を再現できたところでなまくらばかりでは意味がない。

 これは僕が実物の武器から遠ざかったことに原因があるのだろう。


 剣の試練達成まで残り九百四十九勝。

 それに他にも数々の武器が残っている。

 

 時間はある。

 根気はなくはないと思っている。

 ならば、ひたすら集中するのみ。


 さらに魔力を流し、武器の全てを捉えていく。

 額に汗が滲み、鼻筋や頬を伝う。


 魔力を流し込むのは簡単だが、循環させることが難しい。

 構造が異なる人体と武器ではどうしても魔力の流れ方が違う。

 流れが違う二つのものを繋げることは相当高度な技術を要するのだ。


「ダメだ……」


 魔力の流れを繋げる糸口が見えず、一度意識を逸らす。

 剣に流し込まれていた魔力は途絶え、霧散していく。


 やはり難しい。

 訓練生の時よりは成長している気がするが、完成には程遠い。


「一体どうしたら……」


 煮詰まった頭に疲れの溜まった身体。

 それらは身体のだるさとなって僕にのしかかってくる。


 たまらず、僕は地面へと横になった。


 ざらざらとした砂の感覚。

 汗に張り付いてくるのが不快さを感じさせるが、すぐに気にならなくなった。

 というか、そうも言っていられないほど、僕は疲れていた。


「はぁ……」


 大きなため息が出る。

 こんな調子で大丈夫だろうか。

 不安が僕の胸中を埋め尽くしていく。


 ステイル遺跡の一件から、濃い経験をしてきた。

 ビーストやズゥメルにブリード、レガノスと途轍もない力を持った者を間近で見てきた。


 ディノだってそうだ。

 出会った時は平凡な少年に見えたが、強敵と渡り合って、僕の目の前でどんどん成長している。


 僕は軍人という立場でみんなよりもしっかりしないといけないはずだ。


 力が全てではないけれど。

 やはりある程度の力は必要なのだ。

 このままでは、僕はきっとついていけなくなる。


 そうなれば、軍人としてディノに同行した意味がなくなる。


 僕がディノに伝えた同行の理由。

 ズゥメルの調査の一環としているが、事実は少し違う。

 軍からの命令は、『脅威認定魔族、ズゥメルの調査及び冒険者、ディノ・ブレースの監視、処罰』だ。

 

 軍はズゥメルを退けたディノのことを警戒していた。

 脅威認定された魔族を退けられるほどの実力を持った冒険者は大抵名が知れている。

 だが、ディノは無名の、しかも初級冒険者だ。

 普通では到底信じられない内容に軍は怪しんでおり、監視と同時に何か起きた時の処理を僕に言い渡した。


 無論、僕はディノのことを信用している。

 悪いことに力を使う人間でないことはこれまで共に戦ってきて理解している。


 だが、万が一のことが起こったら。

 あるいはもう一度、ズゥメルが現れたら。

 

 僕は軍の命令を遂行できないし、大切な仲間を守ることもできない。


 これでは軍人としても仲間としても、不甲斐ないことになる。


「くっ……」


 やりきれない思いに頭の中がモヤモヤする。


「僕は……何のために……」


 思わずこぼした一言は空に吸い込まれていく。


 瞳を閉じる。

 溜まった疲れは眠気を誘う。

 その誘いはとても抗い難く。


 僕は気づけば、ふと眠り込んでしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る