おもちゃ
「なんでこんな事をしたんだ!!」
「おにいちゃんがわるいんだもん、ぼくわるくないもん」
家の2階から1階を繋ぐ階段の曲がり角で、ぼくは左腕を反対方向に曲げながら放心していた。
弟に階段の上から突き落とされたのだ。両親に問い詰められて自分のおもちゃを盗られた報復だと自白していた。
元々は階段から落っこちそうになるのを防ぐために階段に近づくとヒーロー物の乗り物のおもちゃを離れた位置に持っていってき、気を引いて危険な場所から遠ざけようとしたぼくの行動が原因であった。
階段の段差一段一段に顔をぶつけながらカーブになっている部分の壁にタックルするような形でぶつかったぼくの左腕は、自身の体と壁に挟まれてぐにゃりと曲がってしまっていた。たくさん角にぶつけた事で鼻の骨も変形してしまっていて眉間の間が切り傷のように一文字に凹んでいた。
病院の先生には足を滑らせて落っこちたとおかあさんが説明した。自分の弟に殺されかけたなどど言えるはずもなかったのである。
自分がすべて悪いかのように言われたぼくは怒りから反抗心が芽生えて、最初は治療を拒否した。
ぼくがイヤイヤ言っていると「治療を怖がっている自分の子供を一旦落ち着かせてきます」といっておかあさんはぼくを外に停めてあった自分の車に押し込んだ。
「さっきの看護師さんね、貴方のクラスメートの母親なのよ。あんたももういい歳でしょ、恥ずかしいからしゃんとしなさい」
あかあさんはぼくの体調よりも世間体の方が心配だった。
周りの保護者はおかあさんにやれ大丈夫だったかとか子育ても大変だよねとか言われて対応に追われていた。
ぼくは誰にも話しかけられず、ただそれを聞きながら右腕でえんぴつを強く握ってこくごの宿題をしていた。
それから暫くして弟のおもちゃが増え始めて家が手狭になってきたのでぼくは別室に移動した。
傷まみれの勉強机。軋む木製のベット。壊れたスロット台。潰れたゲームセンターのコイン。賞味期限切れの酒瓶とカビの生えた消しゴム。無修正のポルノ漫画。学校で貰った授業参観のプリント。折れ目のついたさんすうの教科書。えんぴつで書き殴られたしにたいで埋め尽くされたじゆうちょう。
ぼくの小さな秘密基地。
あの場所は割と気に入っていた。
ぼくの誕生日がやってきた日ぼくはおもちゃ専門店に初めて足を運んだ。
当時全国的にはもちろん、ぼくの周りでもブームだった変身する仮面の英雄に憧れたからである。
様々な年代のヒーローが陳列されたショーケースに眼もくれずに、ぼくはぼくの英雄の元に駆け足で馳せ参じた。
「闘います、俺!」
「まだそんな事を!」
「こんな奴らのために、これ以上誰かの涙は見たくない!皆に笑顔で居て欲しいんです!」
「だから見てて下さい!俺の、変身!!」
ぼくは画面の向こうで燃え盛る炎に照らされながら魂を奮起させる青臭い英雄に魅せられていた。
「……この人ならぼくでも救ってくれるかもしれない。」
ぼくは自分の膝を抱えながら独り言を呟いていた。
「この人だけはぼくを見捨てない」
ぼくは英雄になりたかった。
自身も英雄になる事で自分の周りを憧れの英雄達で固めたかったのだ。
世間から、家族から、他人から。
自分以外のすべてから守ってくれる
「ぼく、これほしい」
ぼくが指を指した場所にはかの英雄が戦いの時に使うベルトや剣が陳列されており光沢を放っていた。
「こっちの方がおとうさんとおかあさんは良いと思うぞ」
「そうよ、こっちのおもちゃの方がお得よ?」
両親が指を指したのは型落ちして半額シールが張られたおもちゃだった。
「でも……ぼくはこれがほし」
「「こっちにしなさい」」
ぼくは有無を言わせない両親の圧に屈して欲しくなかったおもちゃを買ってもらった。
ぼくがおもちゃ屋に入店してから1時間半後の事である。
半額シールを剥がした跡がついたよく分からないおもちゃがぼくの初めての誕生日プレゼントだった。
安く済んで良かったと笑いあう二人の会話を聞きながら自動車の後部座席でぼくの頭はメトロノームのように揺れていた。
ぼくには始めから英雄になる資格など、なかったのだ。
ぼくはそれきりヒーロー物のおもちゃを欲しがるのをやめた。
それから、ぼくは、少し大人になった。
家族とぼく。 @1monnashi1
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