おとうと

 弟が産まれてから両親は笑顔になることが増えた。

 家の中では相変わらず喧嘩ばかりしていたが外ではスプリンクラーから拡散される水のように二人とも愛想を振りまいた。

 おじいちゃんが亡くなった事により生活費の足しにしていた年金が減ってしまったので、弟の養育費が家の生活苦を圧迫した。

 そもそも1人減ったので1人追加するという至極簡単な理屈で弟はこの世に生を受けたのだ。自立した成人男性と、手間もお金もかかる生まれたての乳飲み子では親の精神や、家の蓄えにかかる負担に天と地ほどの差があるのは少し考えれば分かりそうなものだった。

 だが幸せの感覚に支配された二人にはそれを理解できるほどの判断力は残っていなかった。子供だったぼくですら、こんな状況でもう一人子供を作って本当に大丈夫なのかと頭によぎらせるのが簡単な問題だったのに、だ。

 両親達の幸せそうな表情をぼくは離れた位置から見守っていた。

 おばあちゃんは愛する伴侶を失った精神的ショックもあり一気に老け込んだ。元々家庭内の不和で心を痛めていたのもよくなかったのだろう。

 おばあちゃんは要介護老人になった。

 子供が産まれたばかりという事もあって祖母の介護にまで手が回せなかったので、おばあちゃんは介護施設に押し込まれるようにして入居した。

 その後ぼくは自分の人生でおばあちゃんの顔を見たのは偶然面会を行う事が出来た1度きりだった。おばあちゃんが介護施設に入居してから約9年後の事である。

 自分と仲が悪かった母親(おばあちゃん)がとうとう家から居なくなりおとうさんは重荷を下ろしたような顔をしていた。

 寝室には今まで家になかった最新ゲーム機やフィギュアの山ができ、おとうさんはずっと窓際に置かれたブラウン管の輝煌で眼を焼いていた。

 視力が急激に下がり始め、コンタクトレンズを着用するようになったのが印象的だった。

 その日の夕ご飯の食卓には近所の公園の隅から引っこ抜いてきた雑草を醤油で炒めたものが並んだ。ぼくは採取した雑草の付近で近所で飼われていた雑種犬が散歩がてらおしっこを引っかけてマーキングしているのを見ていたのでどうしても食べたくなくて駄々を捏ねた。

 

 「お兄ちゃんなんだからわがままをいうな!」


 「いやだ、たべたくない!!」


「なんだとこの野郎、誰が作ってやってると思ってんだ!!!」


 ぼくは激高したおとうさんに腹を殴られながら家の玄関口まで力任せに引きずられて、そのまま外に放り出されてしまった。大声で泣きながらぼくは乱暴に閉められていく玄関のドアに目を向けたが、おかあさんは弟にごはんを食べさせるのに夢中でぼくに一瞥もくれる事はなかった。


 次の日、ぼく以外の家族は食中毒で1日寝込んだ。


 昨日の夜から何も口にしていないので、ぼくはとてもお腹が空いていたが冷蔵庫を開ける許可をもらっていなかったので仕方なく皆が寝ている横にくたびれた布団を敷き、転がるようにして寝転がった。

 家族と川の字で眠るのは久々だったので嬉しかった。


 ぼくはこのまま家族皆でずっと眠っていたかった。

 

 

 

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