(4)マッチング支援?
小栗の卒業ライブは無事に終わった。
そうして、この日から美来が実質的なエースとなった。世間の注目が急に高まり、CMの依頼を受けるようになってからはファン層も一気に拡大していった。今では、グループのことはよく知らなくとも美来のファンだと言う人が多いくらいだ。だが―
(なんだか疲れたな……)
人気が高まった今、美来はふとむなしさを感じた。
あれほど憧れたエースの立場も、いざなってみると、次の目標が無い。
多くのファンから注目を集めても、美来の私生活は忙しいだけだ。
(もっと、人並みの青春を楽しみたいよ~)
高校には通っているが、放課後に友人と遊ぶ時間もほとんど無い。芸能界で知り合う人とのつながりはもちろんあるけど、関係を深めるほどにはならない。グループ内の少女達とも楽しく喋るけど、美来がエースとなってからは微妙な距離感が生まれ、親友と言える間柄には発展しそうになかった。それに―
(彼氏とか欲しいな……)
一人の少女として、そう思うことも多い。
芸能界で男子タレントと知り合う機会は多いけど、そういった関係にまで進むことは無かった。アイドルという立場があることも大きいが、美来がその気になれば、チャットでやり取りする程度のボーイフレンド的存在ならいくらでも作れるはずだ。実際、そうした連絡をしてくるタレントも多いのだけど、美来は乗り気になれない。
その理由は、ただ一つ。
尊敬する小栗から影響を受けた「理想の男性像」のイメージだ。
―誠実な男性
シンプルにして高いハードルだと、美来は知っている。
もちろん、芸能界にいる美形男子のタレント達が不誠実な人間だと考えているわけではないが、その多くが、表面的なテクニックとしての「良い人アピール」を自然と身につけているのは間違いなかった。外見的な魅力を生まれながらにして持っている彼らにとって、良い印象を与えるためには「良い人間であること」をさりげなく出せば良いことを熟知しているからだ。
この点は美来自身が実践してきたから、理解している。
だからこそ、彼らからの行為を素直に受け入れられなくなっていた。
(小栗さんの彼氏みたいな人と、出会いたいな……)
尊敬する人の彼氏が、いつの間にか理想像となり始めていた。
美形とは言えなくとも、誠実そのものの男性が良いと思っている。
だが―
(人気のアイドルでも、人と出会うチャンスは少ないのよ~)
多くの男性から熱い視線を送られながらも、理想の男性と出会う機会は少ない。
そんな立場に悶々としていた時、
「うそ! これってどういうこと?」
グループの先輩アイドルが、スマホを見ながら驚いた。
今は控え室で四人しかいないから、その声は大きく響いた。
「何か事件でもあったんですか?」
美来が顔を寄せて聞くと、
「大変なのよ、美来ちゃん~。首相さんが急におかしくなったみたいで~」
などと言いつつ、先輩アイドルはスマホを指し示した。
ニュースアプリのトップ記事に、大きな文字が見えた。
『国家総婚姻法が国会の審議へと進む! これが異次元の少子化対策?』
タイトルだけではわかりにくく、美来は自らのスマホを開いた。
国家総婚姻法とは「子供達が無事に成長して婚姻に至るまでを、国が手厚く保護する子育て支援制度」とのことであり、その基本的な政策案は以下の通りとされている。
○こども達の教育費や食費、医療費の全てを国家が負担する。
○成人後も、婚姻に至るまでは大幅な税額控除がある。
○婚姻に至るためのマッチング支援を、国が強制的に行う。
さっと眺めて、誰もが驚くのは最後の政策案だろう。
(マッチング支援を、強制的に?)
美来はさらに、マッチング支援の概要案を確認した。
○国が提供するマッチングシステムは、以下の情報を総合的に参照した上で、世代の近い男女の中から、AIが理想のパートナーを選び出す。
・誕生時点で決定する、先天的遺伝情報の特質。
・後天的に獲得した遺伝的特質のすべて。
・出生地や家庭環境なども、変動要因として含める。
簡単に書かれているが、かなり強引な内容である。養育費全般の完全無償は素晴らしいが、マッチング支援は強制力を持つと明記されているところに多くの国民が反感を持つだろう。
「どこの誰だか分からない人と、結婚なんてしたくないよね~」
先輩アイドル達は、苦笑しながら言う。
人ごとのように言うのは、正当な理由があればマッチング支援を拒否できるとされているためだ。すでにアイドルとして仕事をするタレントについては、この権利を行使できる可能性が高いだろう。
だが、美来は黙っていた。
スマホを眺めながら興奮している。
(これは、素晴らしい制度ね!)
直感で思った。
人生の中で、理想の相手と出会うチャンスは少ない。
それは、誰もが憧れるアイドルでも同じ事だ。
だからこそ、様々な因子を元にしてマッチする男性にはぜひ会ってみたい。
(ようし、まだまだ頑張らないとね!)
新たな目標ができて、やる気がみなぎってきた。
法案が無事に可決しても、施行されるのは三年後だ。
それまでに、もっと努力しないといけない。
―グループだけでなく、国内最強のエースアイドルになろう!
―誰と出会っても恥ずかしくないように、自分を磨き続けよう!
そう心に誓う美来だった。
キミタチ、ケッコンセヨ!~アイドルとモブ男子の適切なコンヤク関係 トモ・リンデン @tomo_rinden
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