(3)急激に成長するアイドル

 美来が泣き言を言った日から、早くも半年ほどの時間が経った。

 中学生だった彼女も春からは高校生だ。


―この数ヶ月で、身長が7センチも伸びたよ!

―ダンスの稽古だって、タフにこなしてるし!

―読書や運動の習慣だって、ずっと続けてる!


 そんな日々が美来に自信を与えていった。

 元からある可愛らしさに、強い意志が宿っている。

 スレンダーなモデル体型にマッチする、圧倒的な小顔の可愛さ。

 今ではもう、同じアイドルからも一目置かれつつあるくらいだ。


(でも、まだまだ成長しないとね……)


 鏡を見ながら、謙虚に思う。

 手鏡で自分の表情の研究をする習慣も怠らない。

 かつては憧れだったイケメンタレントも、今では気にならなくなっていた。共演することがあっても、先に顔を赤くするのは彼らの方である。連絡先の交換をして欲しいといってくる強引なタレントもいるくらいだ。もちろん美来は、アイドルとしての立場でそれらを断っているのだが――


(なんだかもう、外見だけの魅力なんてどうでもいいかも……)


 心の底から思い始めていた。

 芸能界にいるからこそ知る醜聞は多い。

 外見の華やかさとは裏腹な事実の数々。

 同じグループ内でも、そんな体験談を聞くくらいだ。


 いかにも誠実そうな外見、

 いかにも人間味ある発言、

 そんな評価を得ている好感度タレントでも、裏では違うことが多い。


(人は、外見だけで判断できない)


 外見での印象スキルを磨き続けたからこそ、実感できることだ。

 今になって、小栗の発言を理解できるようになった。


―誠実な男性が、理想のタイプなんだよね


 シンプルすぎると笑っていたが、そうではないと美来は思っている。ある意味では「高い理想」かもしれなかった。誰に対しても誠実である人など、そうはいないからだ。多くの人が、自分に都合が良い相手にしか、良い顔を見せない。自分よりも立場が劣る人、自分よりも才能が無い人、そう認識した相手には本能的に態度を変えてしまうことが多いものだ。


(誠実な人か……)


 そう考えると、美来はため息が出る。

 理想とする前に、自分自身はどうだろうと悩んでしまう。


(もちろん、小栗さんは誠実な人だけどね~)


 これは間違いの無い事実だった。

 だからこそ彼女は、芸能界で多くの仕事を任されている。

 そんなことを考えながら鏡を見ていると、


「美来、ちょっといいかな? 外で話したいことがあるんだ」


 控え室で、背後から小栗に呼ばれた。

 メンバーがいる控え室から離れ、廊下の自販機前で向き合った。

 小栗は、珍しく深刻な様子で語り始めた。


「まだメンバー全員には知らせてないが、美来には教えておきたいんだ……」

「……」


 ただならぬ雰囲気に飲まれ、美来は黙って続く言葉を待った。


「私はね、今年の春にグループを卒業することが決まったんだ」


 小栗が言い切ると、美来は体を震わせた。

 ようやく身につけてきたはずの強さが、一気に崩れてしまう。

 久しぶりに泣きじゃくり始めていた。


「泣くな、美来。人はいつまでも同じ所にとどまっていられない。いつまでもいるのは、成長する気のない子供のような人間だけだ。私はそうじゃないし、美来、お前も今ではそうじゃないだろ?」


 その言葉に、美来は泣きながらもうなずいた。


「それに、良い話もあるんだよ。卒業記念となるステージでは、私をセンターに据えた新曲も披露される予定だ。アイドルとしては大した価値もなかった私にとって、ありがたいプレゼントだよ。これでようやく、未練を残さずにアイドルを卒業できる」


 そう言いつつ、小栗は目を潤ませている。


「おめでとうございます。私も、小栗さんのステージを支えます」


 そんな言葉が自然と出ていた。


「ありがとう。そこで頼みがあるんだけどね……」

「何でも言って下さい」

「最後のステージでは、センター位置で共に歌うメンバーを指名していいらしい」

「……」

「そこで私は、美来を指名するつもりだ」


 美来は、ブルッと体を震わせた。

 卒業を見送るステージを任されるのは、名誉あることだった。

 それに――


「私、初めてセンター位置に……!」


 デビューからようやく一年という彼女には、華やかすぎる場面だった。


「かまわない。この点は事務所も納得している。これを機に、天宮美来というアイドルがグループの顔になっていくんだよ。だから、ぜひ受けてくれ」

「は、はい!」


 泣きじゃくりながらも、元気よく答えた。

 

「美来は、よく頑張っている。私の想定以上の成長ぶりだ。私が近いうちに結婚して、子供ができたとして、『お母さんはね、天宮美来と一緒に仕事をしたんだよ』って自慢できるような存在になっていくだろう。だから、これからも精進を怠るなよ」

「はい!」


 涙を拭きつつ、笑顔で答えた。

 冷静になり、少し気になる疑問が出てきた。


「ひょっとして、小栗さんには素敵な人がいる……とか?」


 先程の言葉の、「近いうちに結婚して」という表現が気になった。


「ふふふ、美来は鋭くなったな。それほど深い関係じゃないけど、ごく普通の一般男性と連絡を取り続けてるんだ。芸能界に入る前、学校の陸上部で先輩だった人さ……」


 小栗はスマホで写真を見せてくれた。

 そこには、穏やかに笑う男性が写っていた。

 決してハンサムではないが、清潔感がある。

 なんと言っても、優しそうな顔をしている。


「すごく優しそうですね」

「ああ、そうだね。私とかわす会話も、必ず秘密を守ってくれる。私と知り合いだということすら他人に言おうとしない。真剣な悩みもちゃんと聞いてくれる、誠実な男さ……」


 愛おしそうに言う小栗の顔を見て、美来は本能的にうらやましくなった。


―誠実な人


 イメージが具体的に思い浮かぶようになった。

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