(2)アイドルとして大事なことは?

―私が……、このグループにとっての逸材?


 予想外の言葉に、美来は考え込んだ。

 悩む彼女の頭を撫でながら、先輩である小栗は続けた。


「そうだよ。まだ荒削りだけど、これからの成長での伸びしろ分を考慮すると、おそろしいほどの逸材だよ」

「……? ど、どのような点がでしょうか?」


 その問いに、小栗は少し間を置いてから、


「圧倒的な可愛さだよ」


 ほれぼれするような声で、ため息をつきながら言う。


「可愛さ……」


 これまで田舎で育ってきた少女には、ピンとこなかった。

 同世代の男子から告白を受けた経験が数回では仕方ない。


「そうだよ。アイドルとしては、シンプルにして重要な点だ。他のタレントも人並み外れた可愛さを持っているけど、美来の場合は群を抜いているんだ。小さい顔に浮かぶ、大きな瞳の力が圧倒的だな。ふっくらと厚みのある唇もかわいいし……。まるで、子猫のままで成長しているようだよ……」


 小栗の言葉には、うらやましさも含まれているようだった。

 だが、自覚がまるで無い美来には、まだピンとこない。


「ひょっとして、私が選抜を合格できたのも……」

「もちろん、その可愛さが評価されてのことだ。その点は、メンバー全員も認めている。美来は、タフさでは確かに劣るかもしれないが、それくらいのことは後でいくらでも鍛えられる。だけど、持って生まれたルックスのベースは、努力ではどうしようもないからな」


 ほめ言葉に少し嬉しくなった美来だが、複雑な気持ちになる。


―自分は、まるでタフさが無い子


 そんな事実は変わらない。同期の少女達はルックスとメンタルの両面で評価を受けているのに、美来の場合は親から受け継いだルックスだけの評価なのだから。ほめられて心底から嬉しくなるのは、これまでの頑張りに対してのものでしかない。だが、美来にはそれが無かった。


「美来の気持ちは分かるよ。もっと、内面的な評価を欲しいんだろ?」


 小栗は、美来の考えなどお見通しだった。


「はい……。でも、どうすれば……」

「内面を評価して欲しいなら、持って生まれたルックスを武器にする努力を怠らないことだね。さっき言った通り、美来の資質はまだ『荒削りの状態』なんだ」

「な、なるほど……」

「ここから先、多くのファンを虜にする『本当の可愛さ』を身につけるためには、ルックスだけに頼っていてはダメだ。そうでないと、その『可愛いルックス』はかえって仇となり、嫌われる要素にもなりかねない」


 そんな小栗の指摘に、美来はうなずいた。

 SNSで散見される厳しい言葉は、まさしくこの点だった。


(さすがは小栗さん、鋭いな~)


 美来は感心するばかりだった。

 そうして、頑張ってみようという気にもなる。

 だが―


「具体的に、何をすればいいんでしょう? 私、現時点で何も無いし……」


 そんな言葉に、小栗は少し考えた。

 そうして、


「これが正解っていうやり方はないと思うけど……。必要なことがあるとしたら……」


 難しい顔をしながら、いくつかのポイントを提示してくれた。


○優れたルックスでも、表情のあり方で台無しになる。自然な笑顔は大事。

○あざとすぎると嫌われるけど、アイドルとしての適度なあざとさは大事。

○守ってあげたくなるようなか弱さも大事だけど、堂々とした強さも必要。

○強さとは見た目だけではない。言葉や表情で相手に伝えるスキルも必要。

○とぼけたような天然っぽさも大事だけど、嫌みの無い程度の教養も必要。


「……まあ、思いつく限りで言うと、こんなところかな。要するに、自分が周りからどう見られているかを常に考えながら努力すべきってことだね。やり方は人それぞれだから、正解はないと思う」

「な、なるほどです……」


 美来は手帳にメモしながら、アドバイスをかみしめた。今日からさっそく読書習慣を始めたり、鏡で表情を確認したりしようと決断した。


「あ、そうだ。あともう一つ、大事なことがあるかな……」


 小栗は、思いついたように言った。


「ぜひ聞かせて下さい」

「大したことじゃないよ。これから注目を集めるとさ、必ず聞かれるのが『理想とする異性のタイプ』ってやつなんだよね。私もデビュー当時は困ったけど、答え方次第でガラッと印象が変わる場合もあるから、気をつけた方がいいよ」

「そうなんですか?」

「そうそう。もちろん、『イケメン』なんて外見的要素は誰も口にしないけど、無難すぎる回答も避けた方が良いかもね。『清潔感のある人』とか、そんなのは誰でも言えることだからね……」


 思い出すように苦笑しつつ、小栗は言った。


―理想のタイプ


 そう言われても、美来の場合は「カッコいい人!」という言葉しかない。


「あのう……。差し支えなければ、小栗さんがどう答えたかを知りたいです」


 そんな問いに、小栗は珍しく顔を赤くした。


「私の場合はね、正直に『誠実な人がタイプです』って言っちゃった。シンプルすぎてダメだったみたいだけどね……」


 そんな言葉に、美来はしばし考えた。


―誠実な人


 言葉の意味はわかるが、まだ中学生の彼女にはイメージしにくい。

 だが、尊敬する先輩から耳にしたこの言葉は力強く響いた。

 やがて自分の人生を決める要素になるとは、この時の美来は知らなかった。

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