第1章 三年前の天宮さん
(1)三年前の天宮さんは泣いていた
―ダンスの稽古だけでも、こんなにキツいなんて!
アイドルになりたての、小柄な少女は泣きそうになった。
先輩達のような美貌もタフさも持たないことを痛感する、田舎少女。
絶対的なエースとして後に君臨する
今でこそ国内屈指の人気グループでエース的存在である最強アイドルだが、三年前のデビュー当初はそれほどの輝きもなかった。可愛らしさは十分にあるものの、小柄すぎる外見は幼すぎて、子供そのものだったからだ。
自分を変えようと思う一心で臨んだ、グループの選抜試験。
記念受験的なつもりが、まさかの最終選考合格となった。
―これで、私の人生はバラ色だ~
アイドルとしてチヤホヤされる自分を想像する。
世間から注目を浴び、やがてはイケメンタレントと結婚するゴールを……
だが!
世間知らずの中学生そのままの気持ちは、すぐにへし折られた。
華やかに見えるアイドルの世界はガチの体育会系だったからだ。
運動系部活並みの、徹底したダンストレーニング!
外部からは見えにくいであろう、上下関係の厳しさ!
努力! 根性! やればできる!
のほほんと田舎で過ごしてきた美来には、そんな日々が地獄だった。同期生は他に三人いるのだけど、誰もがそんな厳しさに平然と耐えていることにも驚いた。それもそのはずで、幼い頃から空手教室に通っていたとか、バスケで地区予選を勝ち抜くくらいに頑張ったとか、ピアノコンクールに出場し続けたとか、そんなタフ系少女ばかりなのだ。そもそも、タフだからこそ選抜をクリアできたのであり、これといって何かをやり抜くこともなかった田舎少女の美来は、なぜ合格したのかを不思議に思うしかなかった。
しかも、メンタルをへし折る要素は他にあった。
むしろ、こちらの方がやっかいかもしれない。
アイドルとして注目を浴びるほどに、SNSでイヤでも目に入ってくる厳しい言葉の数々。そんな言葉の暴力が、まだ子供の美来を追い詰めていった。裏アカで憂さ晴らしをするくらいにまでメンタルを病んでしまった。
「私、もうやめたいですぅ……」
耐えきれなくなった美来は、信頼している先輩に相談した。
「どうしたんだ、美来。せっかくのチャンスを棒に振る気か?」
先輩である彼女は、美来の頭を撫でながら優しく言う。
美来よりも五つ年上の彼女は、グループのキャプテンだった。
苗字も名前も勇ましい印象だが、外見も名前に負けていない。
アイドルとしては珍しい、身長170センチほどの長身。
ジムで日々鍛えている体は、ほれぼれするくらいに引き締まっている。
長い髪を無造作にまとめたポニーテールは、侍のような凜々しさだ。
美来が憧れる、フィジカルとメンタルのタフさを誰よりも持っている。
「私、アイドルには向いてないんですぅ。甘ちゃんだし、小栗さんみたいにカッコよくないし、同期の中でもまるで期待されていないみたいだしぃ……」
泣きじゃくりながら答えた。
このまま小栗が同意すれば、すぐにでも事務所に言うつもりだ。
だが、小栗は穏やかに笑っている。
「美来、アイドルに必要なのは何だと思う?」
そんな質問をしてきた。
「タフさ……じゃないですか?」
「ふふふ、確かにタフさは大事だね。ならば、その辺の部活動で夜遅くまで練習に励んでいるスポーツ少女達は、誰でもアイドルになれるのかな?」
小栗の意味深な問いに、美来は少し間を置いてから、
「やっぱり、アイドルに向いているルックスは必要だと思います……」
そんな答えに、小栗は大きくうなずいた。
「そういうことだ。スポーツだって、努力さえしたら誰でも活躍できるわけじゃない。持って生まれた資質は、努力だけではどうにもならない限界がある。それは、この私も同じだよ……」
小栗の声は寂しげだった。
キャプテンとして誰からも頼られる、凜々しい美女。
だけど彼女は、ステージの上でセンターに立つことはない。
アイドルとして考えるなら、彼女はたくましすぎるからだ。
(小栗さん……)
タフに見える小栗の本音が見えて、美来は何も言えなかった。
だが、小栗は弱音など吐かない。
「そんな目で見るな。これでも私は、自分の資質を存分に生かせるように努力してきたし、実際、仕事面でも十分な成果を出してきた自負はあるよ。要するにさ、『自分の資質を自分自身で客観的に把握できるか』が大事ということさ」
その言葉は堂々としたものだった。
アイドルが活躍する場面はステージの上だけではない。ドラマや映画における演技力はもちろんだが、バラエティー番組でのトーク力も問われるし、ロケ企画での積極性を要求される仕事も多い。そんな中、小栗は女優としての演技力も高く評価され、ロケ番組で街を歩く一般人にインタビューするような企画すらもタフにこなしている。業界内でも、彼女の仕事ぶりへの評価が高いことは有名だった。
「私の資質は何なのかな……」
美来はふと、心の思いを口にした。
小栗が微笑みながら答える。
「美来には、誰よりも最強の資質があるよ」
その言葉には心がこもっていて、お世辞でないことは明らかだった。
「私に……最強の資質が?」
「そうだよ。このグループの誰よりもすごいものさ」
そんな言葉に、美来は頭を傾げる。
子供そのもので、メンタルも弱い自分に何があるのか?
悩む美来を見て、小栗は続けた。
「美来、私たちのグループって、どれくらいの人気があると思う? 直感的なところでいいから、国内でどれくらいの人気かな?」
その問いに、美来はしばし考えた。
少なくともトップではない。
もっと人気があるアイドルグループは多数あるからだ。
「順番で言うなら、五番目……、いや、六番目くらいの人気でしょうか。私のデビューが決まったとき、同世代の子はグループの名前を知ってたけど、上の世代は知らなかったですから。オジサン世代とかじゃなくて、大学生の親戚とかもです」
美来から見ても、それくらいの認知度だった。
グループとしての歴史が浅く、所属するタレントの知名度も低かった。
「それくらいの人気だろうね、うちのグループは。徐々に認知されつつあるけど、現時点では『誰もが認める、絶対的なアイドル』が存在しないからね」
小栗の分析は、納得できるものだった。
(確かに、そうかもしれない……)
現時点でエース級の先輩アイドルすらも、美来の知人で知る人は少ないくらいだ。
「でも、将来的には変わるかもしれない。逸材が入ってくれたからな」
意味深に言うと、小栗は笑った。
「……? 私の同期ですか? 確かに、やってくれそうかも……」
そんな美来の言葉に、小栗は首を横に振った。
右手をすっと差し出し、間近で美来の顔を指し示しながら続けた。
「美来。お前こそが、このグループにとって最強の逸材なんだよ」
その言葉の意味が理解できず、美来はキョトンとするしかなかった。
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