キミタチ、ケッコンセヨ!~アイドルとモブ男子の適切なコンヤク関係

トモ・リンデン

プロローグ

―まさか、僕の人生にこんな展開があるなんて!


 高校生になって半年くらいの今、坂井誠一 さかいせいいちは人生で最大の緊張を感じていた。

 なぜか?

 野球部の部活動で大事な試合の大事なチャンスだったりとかで、三点差を追う九回裏で満塁の中、一打サヨナラのホームランを期待される場面なのか?

 いやいや…

 大した運動神経も無ければ、やり抜く力も乏しい、ごくフツーの男子だ。

 そんな彼に、そんな場面は永久に回ってこない。

 では、全校生徒を相手にしたスピーチを任されたとか?

 いやいや…

 度胸などまるで無い彼に、そんな課題を与える酷な教師などいない。

 だが―

 おそらくは、それらの場面よりもはるかに緊張する展開だ。

 誠一が緊張を必死に押し殺していると、


「ねえ、坂井くん…。そろそろいいかな?」


 目の前に立つ少女が、柔らかい笑みを向けながら言った。

 その声はとても甘いけど、力強く響いている。

 小さすぎる顔に浮かぶ、大きな瞳の力強さが際立つ。

 潤んだ瞳を少し細めて、誠一の目を見ている。

 美少女というありふれた言葉では形容しがたい、非現実的な可愛さだ。


「……!」


 誠一は体を震わせるだけで、何も言えなかった。

 蛇ににらまれた蛙、そんな言葉の意味を体で感じた。

 それも仕方ない。

 目の前にいるのは、ただの美少女ではないのだから。

 そんな彼女の名前は―


 天宮美来 あまみやみく


 アイドルである。

 しかも、ただのアイドルではない。人気では国内トップとされるアイドルグループの、誰もが認めるエース的存在だ。十代男子であれば誰でも知っているはずで、その名前を知らないという年配の人であっても、CMで目にした記憶は必ずあるくらいの知名度だ。

 アイドルがかわいいのは当然だが、美来の場合は群を抜いている。そのかわいさは、同じアイドルである少女達からも憧れられるくらいの、圧倒的なレベルだ。


 背は高くないが、小さすぎる顔とのバランスで存在感を示している。

 とても長い、ツインテールの髪型には、かなりのあざとさがある。

 だが、彼女の場合は美貌を際立たせているから不思議だ。

 スレンダー過ぎる体型も、非現実的な印象を与える。

 2・5次元的なフィギュアが実体化したかのようだ。


「ええっとですね…」


 誠一が体を震わせながら言うと、


「うふふ、焦らないで…」


 美来はさらに一歩近づき、誠一の手をギュッと握りしめた。

 か細い手は、とても柔らかい。

 だけど、思ったよりも熱さがある。

 他には誰もいない、小さな会議室で二人きりだ。

 彼女の吐息の暖かさまでが感じられ、誠一は胸を高鳴らせた。


「ぼ、僕は、そのう…」


 言いかけたが、彼女が期待するであろう言葉を口にする決断ができない。

 どうして、自分が?

 何度も考えたくらいだ。

 そんな誠一の態度にも、美来は微笑んだままだ。

 さらに顔を近づけてきた。

 熱い吐息をさらに吹きかけながら、


「私との婚約の話、考えてくれた? そろそろ答えを聞かせて欲しいな」


 ウットリとした声で、美来は言った。

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