第23話

 曽我部のチャンネル登録者数の上昇は以前、頭打ちになっていた。


 炎上商法のように一気に知名度を上げた弊害か、いいイメージの無い彼のチャンネルには民度の低い視聴者が集まり、他の層が寄りつけない空気を作り出しているのがその大きな原因であると曽我部は考えていた。


 最も大きな原因は自分であるということには薄々気付いてはいるが、自尊心がここ最近になって急上昇した彼に、それを認めるだけの器量はなかった。


 そこで、最近急激に注目を集めることになった話題に乗っかってみた所、元々の知名度と、確かな実力者という世の認知もあって、意見を求める層をかなり自分のチャンネルに集めることができた。


 そして検索すれば出てくるようなゴシップ記事の内容を試しに諳んじてみると、そう言った批判を口にするのが好きな層や、陰謀論者や逆張り民が強く食いついてきて、チャンネルを盛り上げてくれる結果となった。


 そして今や彼は、嘘を暴く正義の探索者のように一部の視聴者に祭り上げられ、真偽を冷静に確かめようとする層がその熱狂に釣られ集まり、そして単純に人が集まる所が大好きな野次馬が集まってくるという好循環のピラミッドが生み出されていた。


 平均視聴者数は五万人。


 事件以前の小雛の平均視聴者数を大きく上回っていた。


 因みに小雛の今の平均視聴者数は、ピーク時からやや下降気味ではあるが、十万人を誇る。


 理由は言わずもがな。


 しかし、その中には曽我部信者のような過激な層が含まれており、現在彼女のチャンネルを荒らしまわっている。


 「あの子めっちゃ可愛かったよなぁ」


 第十階層を苦戦しながら徘徊し、扉を探していた時に偶然見つけた配信中の彼女を脳裏に思い出す。


 アイドル顔負けの綺麗な卵型の小さな顔に、整ったパーツ。


 特にアーモンド型の大きな瞳は小動物を思わせるように庇護欲を誘われる。


 そしてその少し幼い顔立ちに似つかわしい、大人の身体。


 日本人の体型とは思えない曲線美に、曽我部の股間がまた熱くなる。


 曽我部が隣で眠る女と、脳裏の彼女との体を比較して、不満げな表情を浮かべた。


 人とは強欲なもので、何でもいいから欲しいと思っていたものを遂に手に入れても、しばらく経つとそれよりも良い物を望んでしまう。


 曽我部は抱き飽きた女に興味を失くして部屋を出た。


 歩きながらスマホを取り出し、あの日から気になっている彼女の配信を今日も開く。


 ダンジョンの中から配信する彼女は今日も躍動している。


 覗く太もも。


 振られる腰。


 揺れる双丘。


 顔はもちろんいいが、身体はもっといい。


 曽我部の表情に下卑たものが浮かび上がる。


 彼と同じように感じている視聴者は非常に多く、コメントも盛り上がっている。


 しかし、中には以前には見られなかったコメントが何度も書き込まれていた。


 ─────嘘つき女


 ─────承認欲求モンスター


 ─────詐欺師


 ─────売女


 連続して打ち込んでいるためか、長い文章よりも単文の誹謗中傷が目立つ。


 そして画面に向けて話す彼女の表情もどこか暗い。


 「こんだけ配信が荒れたらつらいよなぁ」


 次々と消されていくコメント欄。


 しかしそれでも追いつかずに中傷コメントが流れ続ける。


 その様子を見て、曽我部がSNSを開き、彼女のアカウントへとDMを送った。


 『誹謗中傷のコメント辛いですよね、、、俺も気持ちが分かります。俺はそんな桜咲さんを救いたいです。だから、俺のチャンネルに出ませんか?』


 それはコラボの申請内容だった。


 しかし、思惑はもっと別の所にあった。


 『俺のチャンネル視聴者が多分荒らしているんだと思います。ごめんなさい。だからお会いして、一緒に誤解を解きましょう。俺のチャンネルで俺があなたを庇えばこの炎上も治まると思います』


 猫の皮を被った男のメッセージ。


 『悪いのは全てあの店主。そう言うことにして、話を丸く収めましょう笑だから、話を合わせるために一度二人でどこかでお会いできませんか?』


 しかし、汚い欲望を完全には隠しきれてなどはいなかった。


 「どのホテルにしようか。やっぱり高級ホテルだよな。奮発しないとな」


 誘いが断られるとは考えていない男は、その後の展開を妄想して鼻の下を伸ばした。


 浮かべるのは当然、彼女のあられもない姿だ。


 Mっ気が見られる彼女の事だ。


 強く押せば簡単にことに及べそうだと、彼は考えていた。



 「うぅ、辛い……」


 配信終わり、いつものように人に見られることなく呼び出した扉を潜り、【DDショップ】にやってきていた小雛が小さくひとりごちた。


 「どうしたの?」


 その零れた言葉を湊が拾う。


 来店直後から気の重そうな彼女の様子を察したドッグロープは、今日は自重して小雛の側で大人しくしている。


 元気づけてあげるために湊はドッグロープにいつものように彼女にじゃれついてほしいと考えるが、ドッグロープにその意思は無いようだった。


 遊ぶ気分ではないのだろうか?と少し心配になった。


 「コメントが最近すっごく荒れ気味で……」


 「あー、らしいね。彼が直接うちに来てくれれば話が早いんだけど、彼がダンジョンのどこにいるのかまでは流石の僕でも把握できないから」


 設置にある程度条件を要する湊の扉。


 好き放題に置けるわけではないため、曽我部自身が扉を見つけて来てくれなければ話の付けようがなかった。


 「……それはいいんです。いや、良くはないですけど」


 「?」


 「コメントが荒れるのも正直辛い部分もありますけど……悪口とか、陰口とか、正直慣れてる部分もあるので、えへへ、女の世界って怖いんですよ?」


 「あー」


 彼女の容姿を見て、確かにと思う湊。


 これだけいろいろと恵まれた子は僻みやら妬みを知らず知らずのうちに買っていても不思議ではない。


 「じゃあ、どうして?」


 「いえ、その、探索者になっても変わらないものは変わらないんだなって……えへへ、なんでもないです」


 顔を赤くした彼女に湊が小首を傾げた。


 ドッグロープは彼女の背中を擦っている。


 どんな遊びだろうかと湊は考えるも見当がつかなかった。


 「まぁ、いいや。小雛ちゃん、暖かい飲み物でも飲む?お腹から温まると心も落ち着くよらしいよ」


 そう言って飲み物を注いだマグカップを取り出して小雛に差出した。


 「ごめんね?ちょっと古いこれしかなくって……」


 湊の取り出した年代を感じる赤いマグカップにはココアが湯気を立たせている。


 「あぁ、そういうとこ好き」


 「どうも」


 「あっ!別に男性としてとかでなく人としてってことですからね!違いますからね!」


 「え?うん。もちろんだよ。僕も小雛ちゃんのような素直な子は好きだよ」


 顔を赤くして元気に否定する姿に湊は安心して仮面の下で微笑んだ。


 「う、いい声なのずるい……」


 「???」


 その二人の様子に、ドッグロープが溜息を吐くように頭を下げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョンショップ~趣味でダンジョンの中で出店を出していたらいつの間にか迷宮七不思議に数えられてました。配信者達を利用してお店の宣伝をしまくろう~ 四季 訪 @Fightfirewithfire

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画