第22話

 ─────桜咲小雛最強!!


 ─────第十階層もソロで余裕とかマジで上級探索者目前なんじゃね?


 ─────この階層のガーゴイルを一撃とか攻撃力高杉


 ─────流石マスター産の武器


 ─────その武器って本当にデメリット存在しないの?あり得るの?


 ─────マスターの作った武器だからどうせエッチな呪いでもあるんでしょ?(風評被害)


 「あはは……みんなありがとう。確かにこれはマスターから貰ったものだけどっ!珍しく余計なものなんてないんだよ!ほんとだよ!!」


 ─────必死で草


 ─────動揺してない?


 ─────怪しい


 ─────……言えないような、ナニか???


 ─────興奮してきた


 小雛は現在ソロダンジョン配信中。


 ソロでの活動拠点を更新して、第十階層でも無双を見せていた。


 その主な要因となったのが、湊が寄越した詫びの品である、忍刀【艶色】であった。


 その切れ味は凄まじく、石化を解いて尚も高い防御力を有するガーゴイルすらも一刀の下に切り伏せる事を可能とするほど。


 自分が以前、節約に節約を重ねて購入したアイゼン社産の小刀など、果物ナイフかと思ってしまうほどに、比較のしようがなかった。


 愛着のある愛刀は悲しい事に現在、お家の引き出しの中だ。


 そして今は余計なスキルを齎すのが憎い【艶色】を使う羽目となっていた。


 以前の愛刀を使おうとしても、装備解除不可の呪いにより、突然下腹部に電流のようなものが走って、手を離さざるを得ない状態になってしまったのだ。


 呪いの方向性があまりにも厄介で小雛は頭を抱えたのだった。


 それを当の本人にクレームを付けたところ、お詫びとして商品をくれると宣い出し、小雛は慌ててクレームを取り下げたという経緯がある。


 どう転んでも小雛の不利益にしかならず、結局【艶色】も手に握られたままだ。


 しかしその性能は本物で、階層更新による話題性とその強さに人が集まることによって、承認欲求が満たされているため、なんだかんだと小雛は満更でもない様子だった。


 そもそもあの一見以来、世界的に注目を浴び、現在でも男性と見られるコメントが多言語で寄せられている。


 ─────How much are you?


 ─────You have a very big ...... talent!


 ─────أنا أبلي بلاءً حسناً الآن.


 ─────Se ti vedo per strada, ti tratto con passione.


 ─────Вместе с вами я открыла для себя чудо слова «стыд»! Я хочу, чтобы все женщины в моей стране последовали вашему примеру!


 英語以外なにを言っているのか理解できない小雛は海外のコメントに最初こそ喜んでいた。


 しかし、


 ─────海外ニキたちも”あの動画”で小雛ちゃんに夢中みたいだね♪


 このコメントで全てを察して以降、無視を決める事にした。


 【艶色】の付随効果によって俊敏性も向上した小雛にとって、この階層の魔物の攻撃など回避に難しくないものばかり。


 歯応えの無い第十階層から次の階層に進もうかと考えていたその時、後ろから誰かに声を掛けられた。


 「あ!やっぱりいた!」


 そう言った人物へと小雛が振り返る。


 「うっは。めっちゃ可愛い!これが今一番人気の女性配信者の桜咲小雛!動画で観るよりエッロ!」


その思わず眉を顰めたくなるような無遠慮なセリフを吐いた人物の顔に、小雛にも見覚えがあった。


 迷惑系ダンジョン配信者で、マスターの存在に対し、疑義を世論にぶちまけた張本人。


 ついこの間にもマスターとの話題にも上がった曽我部 明人だった。


 「こ、こんにちわ」


 苦手な人物の登場に小雛の反応は鈍い。


 ─────うっわ、最悪な奴が出てきた。


 ─────誰?


 ─────探索者デビューした糞陰キャ


 ─────ガチで嫌い!そいつ!小雛ちゃん逃げて!!


 コメント欄は大荒れだ。


 しかし一部のコメントは盛り上がっている様子だった。


 ─────コラボキタ―――(゚∀゚)―――― !!


 ─────そいつ探索者としてかなり才能あるから好き


 ─────性格は最悪でも見てる側は最高wwwww


 「固いじゃないっすかぁ!先輩!どうせなら一緒に配信しましょうよ!」


 馴れ馴れしく近づいてくる曽我部に、小雛が露骨に嫌がり一歩後ずさる。


 しかしその反応に気付かない曽我部が更に一歩踏み出して、小雛のパーソナルスペースに平然と侵入。


 同性の友人同士のような距離感に小雛の不快感が急上昇する。


 「コラボの要請は事前に連絡をお願いします」


 「突発的なコラボいいじゃないっすかぁ。ファンも喜ぶだろうし」


 ─────死ね


 ─────こいつ小雛ちゃんのこの反応に気付かないってマジ?


 ─────コミュ障めんど


 ─────喜ぶのはお前んとこの痛いキッズだけだろ


 ─────自分の配信と人生にフィルターをかけ続けるとこのような人間が出来上がります。周りは迷惑極まりないですが至って本人は幸せそうです


 ─────学生時代隅っこでラノベ読んでた曽我部君元気になったねwww


 ─────↑それ言うと凸られるから気を付けろよ


 スクリーングラスに映るコメントを見て、コラボなどあり得ないと知る。


 そもそもの話、事前に連絡を貰おうが彼とのコラボはあり得ない。


 「そうだ!ちょうどいいからあのこと聞かせてくださいよ!」


 「……あのこと?」


 何を聞きたいのかは分かるが、否定ありきの人間に聞かせるなんてのは癪だった。


 「しらばっくれないでくださいよぉ。分かってるくせに。【DDショップ】のことですよ。それに【変態仮面】。あれが本当かどうか教えてほしいな~って」


 ─────俺たちはリアルタイムで観てたんだから嘘な訳ないだろ


 ─────小雛ちゃんを嘘つき呼ばわりとか消えろよカス


 ─────てか目つきがエロくて無理


 ─────胸ばっかみてるな


 ─────マジでやらせ疑惑広めるのやめろよ!マスターも小雛ちゃんもやらせなんてするわけないだろ!!


 「うそなんてありません。リアルタイムの配信でそんなことできるわけないじゃないですか」


 「ダンジョンの中に時間が分かるものなんてないですよね?あれが録画の映像じゃないって証拠はありますか?」


 「録画だなんて……コメントも拾ってるし」


 「録画に合わせて自分で打てば自演できますよね?」


 「そ、それは、確かに……」


 完全に否定できない小雛がどう返していいか分からずに言いよどむ。


 それを見た曽我部が鬼の首を取ったかのように指を差して笑う。


 「ほら!否定できない!証拠も出せない!これは怪しいなぁ!」


 ─────やってないことの証明とかどうりゃいんだよ


 ─────悪魔の証明だろ


 ─────先にお前がやらせの証拠をだせよ


 ─────小雛ちゃんこんな奴無視して狩りに戻ろうぜ


 勝ち誇る顔の曽我部に視聴者の苛立つ一方、間に受けるコメントも散見された。


 ─────でも確かにおかしいよね


 ─────赤竜ってあれほんとうにCGじゃないの?


 ─────調べてみたけど、マスターがやっぱり怪しい。探索者の常識からかけ離れてるから、、、もしかしたら


 ─────え?マジ?ショックなんだけど


 怪しくなってきた雲行きに小雛が唇を嚙みしめる。


 自分が馬鹿にされるのは構わない。


 しかし、命の恩人であるマスターに対する疑惑の目が小雛には許せなかった。


 そしてなにより、それを一発で払拭できずにいる自分に腹が立つ。


 小雛が自分の頭に手を当てる。


 マスターから貰った入店許可証であるウサギのブローチ。


 これを使えば、今すぐにでもここに扉を出現させることが出来る。


 しかし、


 ──────────殺してでも奪いたいと思う輩は多いだろうな


 思い出される国家保有探索者、夜霧よぎり翔子しょうこの不穏な言葉。


 あの悪夢のような階層を経験し、自分の実力など大したことがないと思い知らされた今の彼女にとって、最も恐ろしい言葉だった。


 今、扉を召喚すれば、マスターに対する要らぬ疑惑を晴らせるかも知れない。


 しかし、全国にその行為を晒せば、偶然を装ったとしても、それを見抜く人たちが現れるかもしれないことが彼女には堪らなく恐ろしかった。


 それでも、マスターが馬鹿にされるのが、どうしてか我慢できない彼女は、勇気を振り絞って扉を呼ぼうとして─────


 「─────お?ちょっと失礼。マジか!あみちゃんからだ」


 「え?」


 「すんません。ちょっと用事できたんで帰ります」


 半笑いの曽我部はスマホから目を離すといきなりそう言い話を打ち切った。


 「おっと、そうだ。その前に連絡先交換しましょうよ」


 「……スマホ、忘れちゃって」


 「そんなわけ……まぁいいや。また今度会いましょ。その時はちゃんと反論材料用意しといてくださいね」


 終始人を馬鹿にするような笑みと、全身を舐めまわすような視線に気持ち悪さを小雛に抱かせた曽我部は、好き放題に言うだけ言って、自分の都合で帰ってしまった。


 胸に蟠るもやもやとした気持ちと、好き勝手に言わせ、満足に反論が出来なかった自分に悔しさを募らせて、俯き、唇を噛んだ。


 「ごめんなさい、マスター……」


 結局、最後の一歩を踏み出せなかった小雛は、頭に当てた手を下ろし、配信を切った。

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