第21話
「ネットでもあんなにバズってたのに、お客さんあんまり来ないですね」
「うーん。扉の数増設したんだけど、来ないね」
あの世界的な大バズから一週間。
すっかり【DDショップ】の常連となった小雛が、いつものようにダンジョンでの稼ぎの後にオフレコで、マスターの前に顔を出して歓談していた。
「ちなみにですけど、どの階層に出しているんですか?」
「今はね、色んな探索者の子たちに来てもらいたいから、深層以外にも下層の第十五階層と中層の第十階層、最後に上層の第五階層だね」
それぞれの層をターゲットに据えた階層設定に小雛が溜息を吐いた。
「マスター、第五階層に到達できる探索者は全体の半分以下らしいですよ。その階層設定の時点でかなり絞られてると思うんですけど」
「え?ほんとに?第五階層ってそんなにレベル高い所なの?」
「大体のダンジョンではそうですよ。東京ダンジョンでは豚鬼の出る第六階層が一つの登竜門として有名ですけど、その前の第五階層でも出てくるのが
「まぁ生理的に無理な人は多そうだからね。小雛ちゃんは良く越えられたね」
すっかり顔なじみとなり、呼び方が下の名前で定着したことに少し嬉しい気持ちになった小雛がニマニマしながら返答する。
「なんてったってユニーククラスですから!そんな所で足踏みなんて出来ませんよ!……それに大蜘蛛が映ると露骨に視聴者が減るし」
本音はそこか、と湊は仮面の下で苦笑いを浮かべた。
「ところでマスター。どうして仮面を変えたんですか?」
小雛の言う通り、今の湊は最初に付けていた
「本当は普段はこのお面なんだけどね。あの時はちょっといたずらっけ出しちゃってたから……」
タイミング悪いよなぁ、と顔をしげしげと見つめてくる湊の様子に小雛が首を傾げた。
「そうなんですね。……あの仮面姿かっこよかったのに」
ボソッと呟かれた声は湊の耳にもしっかりと届いている。
しかし、湊はその言葉に彼女の美的感覚を疑うばかりだった。
「ところでなんですけど、マスター」
「なに?」
「最近人気の探索者がマスターの事を詐欺師だって言ってる動画出してるの知ってますか?」
「詐欺師?」
不穏当な言葉に湊が眉を顰めた。
「はい。曽我部 明人って人なんですけど」
「あぁ、あの子か……」
思い当たる名前に湊が呆れたように言葉を零した。
「知ってるんですか?」
「ちょっとね。迷惑系とかで有名な子でしょ?」
「はい……私もちょっとあの人苦手なんですよね。自己顕示欲が強すぎるっていうか、マウント癖が酷いっていうか。探索者以外の人を見下してて正直好きじゃないです。特にSNSで流れて来た、この間のボクシングのプロの方との試合の映像は少し見るのが辛かったです……うっ」
湊に向けていた視線を床に、真下に落とす小雛。
そんな彼女を見上げ、湊も表情を暗くした。
探索者とそうでない者の生物としての力の差はあまりに激しい。
それはスポーツ業界を震撼させた過去がある程で、今でもなお、緩やかな衰退を見せている。
どの業界も新たなルールの制定や、探索者たちとの上手な迎合を模索しているが、それも今のところ上手く行った話を聞かない。
特に衰退著しい格闘技業界など目も当てられない状態だ。
往年のファンに支えられてはいるが、新規の層の獲得には苦戦を強いられている。
しかし、その問題も湊にはあまり関係のないことだ。
彼らが自分たちで解決を模索し乗り越えていかなければならない問題であり、そして湊はそれができると信じている。
自分が介入してもあまりいいことはないだろう。
湊は自分にそう言い聞かせて、自分の問題に目を向けた。
「とりあえず、動画を見てみてください。私は今見せられないので」
そういう彼女の言葉の通りに湊がダンジョン用のスマホを取り出して、検索をかけた。
すると、それらしい動画を見つけて再生ボタンを押す。
『あんなのフェイク動画に決まってるでしょ!探索者の常識があればあんなことあり得ない事だって誰だって分かるって!どうせAIで作った動画で話題になりたかっただけでしょ、ありえないありえない』
そう口にするのは、配信中に視聴者からの質問に答える曽我部であった。
よっぽど存在をあり得ないものだと信じているのか、曽我部は尚も言葉を続けた。
『まずあり得ないのが一つ。あんな強さが本当なら今まで何してやがったって話だし、そんなに強い探索者がいるなら今まで赤竜を倒してなかったのが不自然だ。それに赤竜の討伐が成されたってのに盛り上がるのは一部の上級探索者と一般世論だけで、当のギルドは相変わらず無関心だし。その真偽の解答はなに一つない。不自然すぎるでしょ』
並べる言葉は確かに的を射ていて、コメント欄には確かに、と絆される人たちが湊の存在を疑い始めていた。
『それに!一番意味が分からないのはあの空間系のスキルだよ!今まで未発見で机上の空論だったスキルがこんなポッとでの存在が使えるわけないだろ!その時点でこれはフェイク動画ですって宣伝しているようなものだっつーの』
お店の宣伝のつもりなんだけど……
そう面の頬を掻いて苦笑いを浮かべる湊。
厄介なことに、一見すると彼の言っている事に正当性があるため湊からは何も言えない。
『最後にこれはもう言わずとも分かるだろみんなもさ。トリガーワードだよトリガーワード。この変な仮面の男はそれを口にせずにスキルを使ってる。もう設定ガバガバ。探索者にあまり詳しくない奴が作ったんじゃない?』
最後、馬鹿にするように笑う男の言葉の語尾に『www』がついていそうな、感じの悪いその態度に流石の湊も少しムッとした。
しかし、それもまた事実であるため湊はなにも言い返せない。
「あの、マスター……私は実際に目にしてるので疑う訳じゃないんですけど、トリガーワードなしのスキルってどうやって……って、キャッ」
彼女にそれを教えることは出来ない湊は、何も答えず動画を閉じた。
再生数を見ると、優に百万再生を越えており、いいねの数もそこそこに多い。
「これって結構広まってるの?」
「あ、はい。私の周りでもやらせじゃないかって声がどんどん大きくなってて……」
申し訳ないのか、伏し目がちになる小雛だが、彼女はなにも悪くないことは湊にだって理解できている。
彼女だってこれらの言説を否定できる材料を持っていないのだから、何もできないのは当然だ。
むしろ、やらせやらなにやらと疑われる立場に結果的に追いやった事になる湊は申し訳ない気持ちになった。
その時、湊が見ていたSNSに曽我部の最新の動画が上がった。
その冒頭のセリフに湊がニヤリと笑う。
『俺が実際に本当かどうかダンジョンの中を隈なく探してやるよ!』
思考を巡らせはじめ、自分を放置する湊に、遂に小雛が文句を垂らす。
「あの……そろそろこれ、どうにかしてほしいんですけど」
元気にじゃれつくドッグロープに全身を絡めとられ、天井から吊るされた小雛がそろそろ泣きそうだった。
「よく懐いてる様子で僕は嬉しいよ。その子、友達少ないから嬉しいんだと思うよ。一緒に遊んでくれてありがと、小雛ちゃん」
親のような顔を向ける湊の様子に小雛が叫んだ。
「これが遊んでるように見えるんですか!どちらかと言えば遊ばれて─────ってどうしてマニアックな縛り方してくるのぉおお!!」
見事な諸手上げ背面留め梯子縛りに顔を真っ赤にする小雛。
いつもの慣れた朗らかな光景。
小雛とドッグロープのじゃれ合いに湊の心も温かくなった。
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