激高する女性たちと分析する私

ぐらこ

第1話 リーダーにされるのが嫌なA

ここは人口約30万人の街の商店街にあるオフィスビル。

業務管理を行う会社の事務部署の採用面接を受けた。

わたしは11月頃に採用対象外だったが

PCスキルがあるということで特別に入社が許された。


 あたりが優しくて、誰にでも教育を惜しまないAさん

 率直で自由で、平均感覚に優れていて、仕事もできるBさん

 音楽学校の学生で、テキパキと仕事をこなせるCさん

 わたしと同時期に新人として入社したDさん

 そしてわたしの5人


仕事はペーパーにして3枚程度にまとめられたタスクを毎日行う。

 働いている部屋の管理

 日中のお客様の対応

 備品の発注・処分などの管理

 PC事務

 など


細かい仕事もあるが、おおむね働いている時間内に終わる内容で、

正直楽な仕事だ。

時給は1000円ちょっと、この街の最低賃金だ。


 *


Aさんを仮に花子さん、Bさんを仮に海子さんと呼ぶことにする。


 *


花子さんは常々

「責任の重い、教えるとかそういうことは苦手」と口にしていた。

また、PCの操作やOfficeなどの事務仕事が苦手で、

マニュアルに記載されたこと、教わったことをやることだけを

丁寧にやるタイプの先輩だった。

でも、それは仕事全体の一部で、人当たりの良さや人間性で

職場には必要なリーダーシップのある人だった。

例えばお客様とのトラブルが発生したときに

経営者や上司に話を繋いだり、

後輩たちに優しく注意したり、

教えたりといったことが自然にできていて

仲間からの人望も厚かった。

職場をまとめ上げていて理想の先輩だなと思っていた。


海子さんは、花子さんと同じぐらいの職歴で、

仕事はなんでもよくできた。

わたしからみると、なぜこの職場にいるのか分からないぐらい、

PCスキルが高く、仕事の判断も早く、

わたしが失敗をすると、笑って注意してくれるようなところがあって、

とても頼りになる先輩だ。

ちょっとピリカラなところもあるけれど、

率先して仕事を探してやるところや、

経営者や上司に的確にアドバイスや情報提供ができるところは尊敬した。

頭のいい人だった。



わたしが入社してすぐの11月に

音楽学校に通ってるCさんがピアノの講師になりたいといって辞めていった。

そして、海子さんも海外で働きたいと申し出て辞めてしまった。

それは1月頃のことだった。


 *


わたしともうひとりの新人が入社3カ月ぐらいの頃には

花子さんと、わたしたち2人になっていた。


 *


わたしと同期の子を月子さんと呼ぶことにする。


 *


人手が足りないしばらくの間、経営者のご家族が仕事を手伝いにくるなどしていた。

ただ、それは本来の状況ではないので、追加人員が必要だった。

そんな折、月子さんが妊娠したとのことで辞めることになった。


 *


花子さんにしてみれば、私たち2人をようやく3カ月かけて育てたが、

また、新しい新人が来て、育てなくてはいけない。

今まで海子さんとふたりでリーダーシップを取っていたが、

今となってはひとりだし、

後輩たちは「花子さんのやり方でやる」

と彼女に尋ねたり、指示を仰いだりする。

質問は適格に答えないといけない。

責任も重い。


今、思い返せば、そんな状態だった。


 *


新しい新人がやってきた。仮に渚さんと呼ぶことにする。


 *


春子さんが渚さんの教育に入った。

私は他の人たちと勤務日が違うので

どのように教育しているかは知らなかった。

私自身は音楽学校のCさんと一緒に働くことが多かったので、

彼女の教えっぷりを見ることがなかった。


 *


渚さんも順調に教育が終わるという頃、

春子さんは経営者に退職を告げた。

「来月辞めます」


月末頃に勤務が決まる。

春子さんは来月、有給消化であまり出勤しない。


春子さんはリーダーだし、

大きな戦力が欠けることになる。

教育は誰がいつやるの?


と、経営者は焦っただろう。


急なことなので、求人募集もままならない。


 *


経営者は即時求人を出したが

これという人材は集まらなかった。


 *


そこで、経営者は派遣社員を頼むことにした。

派遣社員はすぐにやってきた。


 *


そして、花子さんによる派遣社員への

いわば、最後の教育が始まった。


 *


仕事が休みだったある日、

わたしは日頃職場で合うことの少ない

花子さんにご挨拶をしようと思い職場へ行った。


 *


そこには花子さんと、渚さん、

そして新人の派遣社員がいた。


そこで花子さんが教育中の様子に耳を傾けていたが

途中から耳を疑った。

教育の端々に経営者の悪口を織り交ぜていたのだ。

「〇〇すると経営者が悪い顔をする」

「〇〇は経営者に伝えない方がいい」

「〇〇だから経営者は・・・」

といった調子で、経営者が耳にすれば気分の良くない内容だ。


 *


花子さんは経営者を怒らせないこと、

気分を悪くさせないことを核として教育を進めていたのだが、

新人たちは

 経営者は理不尽に怒る人

 経営者は相談をできな怖い人

 経営者は身勝手

といった印象をはじめに持ってしまっている様子だった。


 *


その後、花子さんは職場を辞め、

派遣社員は数カ月も経たないうちに

仕事について経営者と散々揉めてから辞めていった。


今、渚さんは経営者に対して報告や相談を怠りがちで、

失敗があっても秘密にしてしまう。

経営者の方針に従っている私に対しても怒りをぶつけてくることがある。


わたしは、この現象を花子さんの教育による結果であり

その後遺症として現在の状況があると思っている。


教育はとても大切だなと思った。

最初にどのように教育されるかがとても大切。


派遣社員が辞めたあと、また新人が入ってきた。

仮に青子さんと呼ぶ。


渚さんが青子さんの教育を行った。

渚さんは「春子さんが教えてくれたことには〇〇で~」

というのが口癖で、必ず文頭に誰かの名前を入れる。


わたしは不安に思ったので、

渚さんに「〇〇さんが言ったではなく

マニュアルに〇〇と記載してある」という教え方をして欲しいと伝えた。


しかし、想像していた通りだが、

やはり、青子さんも経営者に対して反抗的で、

わたしの話も聞く耳を貸さない状態になっている。


感情の伝達というのは、

文章を修正してもらっただけではだめなのだろうか。


 *


もし、春子さんがもし経営者に対して復讐を考えていたのであれば、

今の状態は思惑通りだ。

急な報告で会社を辞める。

業務の引き継ぎが完全にはできておらず、

職員たちはぎくしゃく。

ミス続き、さぼりが多発。

仕事は回らない。

勤務も回らない。


常に経営者にトラブルの報告が上がり、

集金漏れも多発。


しかも、職員からは敵視されている。


ざまあみろ、それみたことか。

そんな春子さんの声が聞こえてくるようだ。


 *


春子さんは辞めるとき

「母に泣いて相談して、

母はそれなら実家に帰ってきなさいと言った」

とわたしに言った。


なにがあったかの詳細は分からないが、

よほど仕事がつらかったのだと思う。


「大成功だわ、春子さん」

わたしは呟いた。





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