第10話

「久しぶりじゃな、アンデル。元気そうで何よりじゃ」


ヒスイが声をかける。アンデルは一歩ずつ、優雅な身のこなしでこちらに近づいた。その動作からは、彼がただの商会の会頭ではなく、長い年月を生きてきたエルフであることがわかる。長い時を生きる者特有の威厳が漂っていた。


「さて、ヒスイ殿、そしてお二方、」


アンデルは再び微笑み、目元の皺が少し深くなる。


「本日はいかなる用件で我が商会へお越しになられたのか。久方ぶりにお目にかかれて嬉しいが、貴殿がこうして自ら姿を見せるということは、ただの挨拶ではなさそうだ。」


彼は指を軽く鳴らすと、背後の扉が開き、若い女性のエルフが静かに入ってきた。彼女はすばやくこちらに銀のトレイを運び、三杯の茶を差し出した。


「どうぞ、おかけになって下さい。長い話になる予感がしますからな。」


ヒスイは杯を受け取りながら、アンデルを見つめ返した。


「アンデル、すまぬが頼み事がある。先ずはこれらを見て頂きたい。」


アンデルは小さく頷きながら、再び席に戻った。


「ヒスイ殿の頼みとあらば。だが、その前に、そちらのお二方について少し紹介していただけますか?」


彼は静かに眼鏡を外し、こちらにより強い視線を送った。


「その方々が、これからの話にどう関わるのか、少し気になりましてな。」


ヒスイが小さく頷く。


「この男はハヤト、そしてその護衛のリオじゃ。私はあくまで紹介者という立場じゃ。」


「ここから先の話を聞くならお主を厄介ごとに巻き込むことになりかねんが大丈夫かの?」


少し心配そうなヒスイにアンデルは笑って答えた。


「貴方が私に話を持ってくる時、それは厄介ごとしかなかったでしょう。」


ヒスイが手をかざし、虚空から箱に入った栄養バーとエメラルドを取り出す。

エメラルドは代表的なエメラルドカットされかなりの大粒だ。

アンデルの視線はその輝きに吸い寄せられているようだ。


「これはなかなかの触媒ですな」


エメラルドを手に取ると、じっと見つめ、軽く手のひらの上で転がす。彼の眉がわずかに上がる。


「これは…素晴らしい触媒だ。この大きさでこの純度…なかなか手に入らない代物だ。魔術において非常に高い効力を発揮するだろう。」


アンデルはルーペを懐から取り出しじっくりとエメラルドを眺め、一息つく。


「それでこちらの箱は?」


ヒスイが得意げに箱を開けて、中から栄養バーを取り出す。


「とある食品じゃ」


差し出された栄養バーをアンデルはしげしげと眺める。


「見たところ保存性も高そうだな。」


「試してみると良い。こう見えて、味にもこだわって作られておる。チョコレートとという菓子の風味で、誰にでも受け入れられる味じゃ。」


アンデルは栄養バーをそっと口に運んだ。

彼の表情にほんのわずかだが驚きが浮かぶ。


「ほう、これは確かに…おどろくほど美味しい。実用性と美味が両立しているとは、興味深いな。」


「栄養バーについてはそれなりの量を用意してある。お主に捌くのを任せたい。」


ヒスイは満足そうに頷き、アンデルの反応を見守っていた。


「ヒスイ殿、これらは大いに興味深い品物だ。買取に関しては、もちろん喜んで応じよう。だが、これほどの品、何か訳があるのだろう。」


「どちらも異世界から持ち込まれたものなのじゃ。

ここにいる2人は異世界からこちらにきておる。」


アンデルは驚いたように目を細め、ハヤトとリオを見つめた。


「異世界…それはまた、興味深い話ですな。」


リオが一歩前に出た。


「私たちが異世界から来たというのは、事実です。それで少しでもこの地での活動に足掛かりが欲しいと考えています。」


アンデルはリオの言葉に深く頷き、再び微笑んだ。


「異世界の方々がこの地で足掛かりを求めるとは。ヒスイ殿が私に話を持ってくるわけですな。ですが、貴方達には何か目的があるのでしょう。それをお話し頂きたい。」


「自分の両親がアッティカ帝国に囚われています。両親を助け出して元の世界に連れて帰りたいのです。」


遮るように声を出してしまった。アンデルから鋭い視線が俺に向けられる。


「この国も無関係ではないのじゃ。そこのエメラルド、他の触媒もこやつらの国ではこちらでは想像もできんほど沢山、産出される。」


ヒスイが俺の言葉を引き継いでくれた。

ヒスイは虚空に手を入れ、沢山のエメラルド、ルビーが入ったジップロックを取り出し机の上に置いた。


「帝国はハヤトの両親を世界を渡る魔術具として使っておる。奴らの目的はハヤトの世界の触媒じゃ。もし此奴らの国が帝国の属国となれば、今は停滞しているこの世界での帝国と連邦の戦況、それが変わるのじゃ。」


「だから、私にその手助けをしろと?」


「そうじゃ、アンデル。私たちの拠点となる住居、帝国の情報、そして協力者が必要じゃ。お主ならなんとか出来るじゃろ?」


アンデルは再び椅子に腰を下ろし、指先を組んで考える素振りを見せた。


「なるほど、拠点に情報、そして信頼できる協力者が必要と…」


彼の指が椅子の肘掛けを軽く叩き、その音が静かな室内に響いた後、ようやく口を開いた。


「貴殿方のお話は興味深い。帝国がそのような企てを進めているとなれば、確かに黙って見過ごすわけにはいかない。だが、私も慎重な性分でしてな…。異世界の話、そしてその裏にある陰謀――すべてが真実であるという確証が欲しい。」


アンデルは椅子から立ち上がり、真剣な表情でハヤトとリオを見据えた。


「だが、こちらの世界にいるだけでは、その話がどれほどの真実かを見極めることはできない。私も一度、貴殿の世界をこの目で確かめさせてもらおう。」


「アンデルさんが…俺たちの世界に?」


驚いた俺の声にアンデルは大きく頷く、


「そうです。過去にも様々な世界からの物資や情報がこの世界に流れ込んで来たことがありました。貴殿方がどうやってこちらの世界に来たかは問わないが、私も一度そちらの世界に足を踏み入れ、その状況を確かめたい。それが協力の条件だ。」


ヒスイが静かに頷いた。


「ふむ…確かにお主の目で確かめたほうが話は早いじゃろうな。リオをこちらに残すことにはなるがアンデルを向こうへ連れて行くことは可能じゃ。だが、向こうの世界は今、帝国の手が迫っておる。そちらに行くということは、ただの視察では済まぬかもしれんぞ。」


アンデルは、さも当然と言わんばかりに肩をすくめて笑みを浮かべた。


「その程度の危険を恐れていては、長い年月を生き残ることなどできませんよ。むしろ、そうした挑戦こそが私の商売の本質です。情報こそが最大の財産ですからね。」


ヒスイが微笑み、再び場の空気を和ませるように声を上げた。


「なら決まりじゃな。アンデル。ただ先にこちらでの拠点を用意して貰いたい。そのぐらいなら問題ないじゃろ?」


「承知した。この後、宿へ案内しよう。」


俺は心の中で一息をついた。この協力が得られれば、両親を救うための重要な一歩になる。


「ヒスイ、アンデルさん、どうかよろしく頼みます。」


頭を下げた俺にアンデルは笑みを浮かべ、再び優雅な仕草で一礼した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界の龍と共に @417

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ