第3話 僕が見ている日常
学校は片道一車線の道路に併設していて、塾も同じ道路に併設している。つまり学校から塾までは一本道だ。
その歩道には下校する生徒により長蛇の列ができている。生徒の大半は電車通学なので、駅に向かって歩いているのだ。僕はその隣を自転車を漕いで通過する。
学校の周辺は田舎でも都会でもない普通の街だ。高い建物はほとんどないので空が良く見える。塾に着くまでの間、空の灰色を全身で感じながら今日のやることを整理する。塾に近くなると列に紛れ、再び外れて駐輪場に止める。
塾に入室すると塾長が元気に挨拶をしてくれる。僕は彼の人柄が良いというのもあってこの校舎に入塾することを決めたのだ。彼と他愛もない話をしながら入室手続きを済ませ、階段を登って2階の勉強するスペースへと向かう。
そのスペースには、前と左右に仕切りのある机が可能な限り配置されていて、机ひとつにつき椅子とパソコンがひとつずつ置かれている。塾の方針として映像授業が主であるので、パソコンを用いてカリキュラム通りに勉強を進めていく。
僕はいつも通り、コピー用紙が置いてある台の横の机を使う。そのコピー用紙は自由に使えて、僕はその紙に板書を写したり、問題を解いたりしている。
その机に荷物を置き、学ランを脱いで椅子にかけ、カバンから財布だけを取り出して一旦塾を離れる。
そして再び生徒の列に紛れる。重い荷物を背負って下校する生徒と手ぶらな自分を比較し、一瞬だけ何気ない優越感に浸る。
前方の生徒の動きには3つのパターンがある。右手のコンビニに行く、左手の横断歩道を渡って揚げ物屋に行く、まっすぐ下校する、このどれかである。そのコンビニと揚げ物屋で買い食いをするのが我が校の一般的な空きっ腹の満たし方である。
僕は今日の戦利品を揃えにコンビニへと向かう。糖分とカフェインを摂取するため、麦チョコと微糖入りコーヒーを買う。毎日同じものを買っている訳では無い。
塾に戻るとそこそこ生徒が来ていて、各自勉強を始めている。そのスペースは私語禁止であるので、書く音とマウスのクリック音だけが響いている。
僕も席について勉強に取り掛かる。1時間半の映像の内容を2時間程かけて勉強する。それを一日に1または2セットやり、それが終わったら自主勉強をする、という流れだ。もし映像授業が終わった時に疲れていたら仮眠をとるようにしている。通路の邪魔にならない程度に椅子の背もたれに身を預け、腕を組んで目をつぶる。これが1ヶ月通った僕がたどり着いた、現時点での最適な仮眠の姿勢である。
この塾は2週間に1度、生徒に対してミーティングを行っている。チューター1人につき生徒2,3人を対応している。内容はカリキュラムの進度と志望校についてである。
僕が映像を見ながら勉強していると、肩をトントンと叩かれた。映像を止めて振り向くとそこには塾長が立っていて、ミーティングを行うから勉強のキリが良いところで下に来るよう言われた。
僕は了承の意を伝え、板書を映像に映っているところまで書き写し、学ランを着て下へ向かう。
3ヶ所でミーティングが行われているようだった。塾長から指示を受けて、チューターの元へ向かう。そこには生徒も1人居る。恐らく一緒にミーティングを受ける生徒だろう。後ろ姿しか見えないが制服から察するに同じ高校の女子生徒だということは分かる。
(男女一緒にミーティングは珍しいな、志望校が同じだからか?)
その生徒の隣の椅子に座ると早速ミーティングが始まった。
「では始めていきます、まずさいとうさんから」
チューターの言葉を聞いた瞬間、僕は反射的に横を振り向く。すると彼女が驚いた顔でこちらを見つめている。その顔は僕が知っている顔である。僕が知っている斎藤さんである。
僕の日常が壊れ始めようとしている。
高校生活にも飽きてくる今日この頃 たくあん定食 @wasabitakuan
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