第18話 惜別の時

 古の英雄との死闘を経てついに転移の魔法陣があるというダンジョンに辿り着いたユイたち。道中には数名の刺客が彼らを襲ったが、オーディンと比較してしまえば障害にもならなかった。それでも移動する際に消費する体力には限界があり、これまで治癒魔法を連発してきたクレアは既に立っているのがやっとの状態だ。


「お前はダンジョンには入らずここで休んでろ。中の案内は俺一人でもできる」


 両膝をついて肩を震わせるクレアに堀北が忠告する。誰から見ても彼女の容態は明らかに限界だった。


「いやいい。私も行くから」

「行くって‥‥その体でかよ」

「しっかりとこの目でユイを見送らないと嫌なの」

「ッチ、めんどくせぇな。ほらユイ肩貸してやれ」


 リュックを堀北に預けるとその小さな体を両腕でそっと掬い上げ自身の背中でクレアを支えた。彼女の体は想定していたより軽く、自身の持っていた荷物とどちらが重いか比べてしまうほどのものだった。

 


「僕より軽いんだクレアって」

「ちょっと、それどういう意味!?」

「え?嫌だって身長ボクとあまり変わらないじゃんね。てっきり同じくらいかと」


 そんな軽い雑談を踏まえながら、堀北と並んでゆっくりとダンジョンの中へ入ると外の気温と比べて急激に暖かくなった。


「痴話喧嘩もいいけど警戒忘れんな。あのクソ槍が言ってたことが本当ならまだ刺客がいる可能性があんだからよ」

「ち、痴話って‥‥そんなんじゃないし」

「へいへいそうかよ。歩かなくていいんだからテメェが一番警戒しとけな」 

「翔アンタ、帰ったら覚えときなさいよッ!」


 昔からよく見てきた二人の絡み。これがもう暫く見えなくなるんだと思うと寂しいな。けれどもうその運命は割り切らないといけない。さっきもこの気の緩みでオーディンの槍を受けた。ゴールが近くなれば近くなるほど警戒を解いちゃいけない。


「それでさ二人共。魔法陣がある場所ってこの下の階層にあるんだっけ?」


 緊張の帯を締めさせると、再び警戒するように二人の意識へ刷り込ませた。


「ん?あぁそうだな。多分そこの角を曲がったら階段があるから降れば地下に行けるはずだ」


 先にある分岐路に向けて指を刺すと、堀北は右に曲がるように指示を出す。ダンジョンと聞いていたから複雑な構造になっていて、コウモリとか蜘蛛とか苦手な生き物も生息してるのかと予想していたがどうやら杞憂で終わったらしい。


「それにしても廊下に埃一つも見当たらないなんてここの管理者さんは掃除にうるさいのかな」


 冗談半分でそんなことを呟いた。


「ん?そういえばそうね。前に来た時はこんな綺麗だった覚えないんだけど。翔は知ってた?」

「いや知らねぇ、てかあれじゃねぇの?公園を掃除してる爺さん婆さんがいるようにダンジョンを毎日掃除する爺さん婆さんがいたっておかしくはねぇだろ」


 面白おかしいそんな返事を返すと、ボクたちは地下に降りる前に改めて周辺の廊下を見渡した。ゴミ一つないどころか光沢すら見られる清潔感。


「でも、一体誰がこんなに綺麗にしてくれてるんだろうねクレア」


「—— ——それは私の指示によるものですよ」


 ユイが投げかけた言葉は今も背中で支えているクレアに向けたもの。どんな返事を彼女は返してくれるのかと期待して待っていると、返ってきた台詞は質問とは関係ない内容だった。


「え?」


 クレアでも、堀北の野太い声でもない異質な少女の声が三人の背後より聞こえるとダンジョンの中でこだまする。咄嗟に振り返り、少女を見たボクたちの反応はそれぞれ違う。


 クレアの瞳には戦慄を浮かばせ、堀北は自らの両拳を震わせた。


 立っていた場所より少しずつ進み来る少女。

 ボクたち三人に対して殺意や敵意を見せるどころか、慈愛の笑みを持ってして歩み寄ってきた。それはまるで母が子を迎えるような光景。


 学園内でも見かけた彼女の麗しい容姿は変わることなく幻想的。長く透き通る白銀の髪はこの場にいる誰よりも華奢なその背中に流され、彼女の整いすぎているその顔は例え人形であっても再現することができない完璧な造形美を誇っている。

 まるで神より生まれ出でし聖なる巫女、そんな肩書きでさえ霞んでしまうほどに彼女の存在は圧倒的だった。


 きっとこれが数回ほどの出会いならば、彼女に見惚れて呼吸することすら忘れてしまうだろう。けれど彼女に初めて会った頃からそんな感情を抱いた覚えがない。単にユイが女性に興味がという愚鈍な理由ではなかった。彼女の顔、声、些細な仕草、その全てがかつての友と酷似していることが確信へと至る根拠だった。


「どうされましたか皆さん? そんな怖い顔をなさって?」


 小首を傾げて微笑む少女。

 誰しもが皆、唾を飲んで彼女の動向を探っていた。

 

「堀北君と藍沢君はともかく貴方に無視されるのは胸に応えるものがあります。同じ部活に所属している仲間同士じゃないですか」


 視線を向けられ、声をかけられたのはボクに背負われているクレアだった。


「何をしにきたのサナ。まずは貴方がここにいる理由を教えて」

 

 同級生に向けるべきではない明らかな警戒心を剥き出しサナに話しかける。


「理由も何も私がここに来た目的はただ一つ。そこにいる勇者殺しの犯人を抹殺しにしたのですよ。勿論、お二人は対象外なので安心してもらって結構です」

「そう。じゃあそれを断ったら?」


 穏やかな少女の口元から僅かな吐息が漏れると、微笑みながらサナは堀北とクレアに目を向けて、


「殺します」


 躊躇することなく同じ学舎に通う友人を殺す決断を宣言した。


 当然、そんなあからさまな殺意を公言されて警戒を解かない人間はいない。しかし残り少ない魔力で現代魔術師の最強と謳われる勇者一行の末裔相手に勝てると踏み込めるほどクレアは短絡的な性格ではなかった。

 

 この状況下で全員が生き残る可能性など存在しない。ましてや戦って勝つなど万が一にも起こり得ないだろう。相手は現代魔術師の最強として崇められる勇者一行の末裔なのだから。


「交渉は通じないのね。仕方ないか」


 背負わされたクレアは二度ユイの肩を叩くと、自身を降ろすように伝える。暫く安静にしていたことで僅かながら体力が回復したのか息切れも収まっていた。

 心なしか先ほどよりも気概のある逞しい顔を見せると、大きな一歩を踏み出してユイより前に立つ。

 

「クレア?」


 言葉の行動が伴わない不審な動きを見せると、憂いげな表情を浮かべてちらりとユイの横顔を見つめる。


「言いたいことも言って欲しい言葉もあったけど。ここまでみたいね」


 今までの覚悟とは程遠い諦めのような感情が垣間見えるとクレアは目を向けずに地下へと続く階段を指差した。


「アンタはあっちでしょ。早く行きなさい」

「な、なにを言ってるの?」

「だから、早く飛ばされてきなさいって行ってるの。ここまで連れてきたんだからエーデルガルトに行かないと許さないわよ」


 動揺するユイを敢えて突き放すような発言を、クレアは容赦なく言葉にした。今の彼女からは先ほどまで向けていた優しさが感じられない。


「ボクが行ったら、二人はどうするの?」


 恐らくこの問いをさせないために敢えてキツイ言葉を選んだのだろう。それでもユイは自身にとって最悪の選択を選ばないためにもそれを口にする。


「大丈夫よ。私と翔は彼女を倒したらアンタのとこに行く。まぁそれより先に転移してなかったらマジギレするけどさ」


 誰が見ても実現不可な彼女の理想を、ここにいる誰が信じるというのか。そんな馬鹿馬鹿しい話を認めるわけにはいかず、ユイはこの場で彼女に一喝すべく声を上げようとする。しかしその瞬間、一瞬だけ見えた彼女の憂う顔が脳裏を過ぎった。

 恐らくこれは彼女にとって自分を助けられるかもしれない唯一の策なのだろう。自己犠牲の中で生まれる僅かな隙で転移の魔法陣へ辿り着かせるための時間稼ぎ。


 自分が今、どうするべきなのか選択に追い詰められていると、再び彼女はユイに向けて言葉を告げた。


「大丈夫だって。これが今生の別れってわけじゃないんだから。絶対、また会える————いいえ、私の方から探し出すわ」


 彼女のその笑顔を見て、ユイは振り切るようにゆっくりと階段に向けて歩き出すと、


「絶対生き残って会おう。また、どこかで」


 それだけ言い残してボクは転移魔法陣に続く地下への階段を降り始めた。


 最愛の親友二人を戦場に残して。


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