第17話 英雄の一撃
オーディンの投擲が放った銀光一閃の一撃。周囲の大木や岩石を破壊しながら飛翔した槍は、ユイの心臓目掛けて照準がズレることなく突き進む。
攻撃そのものを止めればいいだけの話だと堀北は自身が放てる最上位の魔法を飛んでいく槍に向けて発動するも、桁違いの魔力を纏った凶刃を止めることはできなかった。
「クソがッ、オレはまたお前に負けるのかよ。八神ッ!」
幾度となくその槍を持った相手に敗北を期してきた。所有者が当人でなくても、オーディンの一挙手一投足が八神の戦闘スタイルに酷似していたためか、その姿を戒めの相手と重ねてしまうのは仕方のないことだった。
無常にも高速で移動する槍はユイを庇うようにして立ち塞がる堀北の前で急に曲がり出すと、その背後にいる獲物に向けて再び直進を始める。
「ユイ———————ッ!!」
クレアの決死の叫びも虚しく、槍より放たれし雷鳴によって掻き消される。もはや第三者による救済はなく、自分自身の力によって迫り来る攻撃を回避する状況にユイは強い絶望感を覚える。
それは先ほどの心臓串刺しの時よりも、魔王ハデスと遭遇した時よりも強く自らの死を感じ取っていた。
これより一秒一秒の行動によって自分の未来が確定する。それは生か死か、いずれもオーディンが放った時より取るべき手段は腹に決めていた。絶対不可避とも思える高速の一手、当たれば即死が確定する威力を誇るのなら直撃は避けるしかない。
「絶対、避けてやる」
魔法が使えたら、なんていうたらればを考えたってしょうがない。だからと言って真っ向勝負で挑めば燃えカスになるのは目に見えてる。
何を信じればいい。魔法が使えないこの体で今のボクに何ができる。
いや、そんなの決まっている。
今のボクを形作る全て。異世界で積み上げた肉体と、戦士ゴーケンが教えてくれた格闘技術を信じてこの危機を乗り越えてやるッ!
「いい回避技術だ小僧。けどな」
ふとオーディンによる声が耳に届く中、ボクは全神経を研ぎ澄まし、心臓に飛び込んでくる槍を紙一重で回避するとその勢いに身を任せて地面に転がる。
「よしっ、避けれ————ッ!?」
何もない空間を裂いた槍はそのまま50メートル先まで進むと、緩やかなカーブを描いて再びユイの元へと突進する。
「えぇっと、そんなのあり!?」
勝利を確信したのも束の間、先ほどよりも速さを増したような錯覚さえ与えてくる槍は飛翔を続ける。
「永久追尾の呪いがかけられた攻撃だ小僧。お前の肉体を貫くまで永遠に追いかけ続けるぞ」
呪い?どう考えたって加護でしょ!?そんな都合のいい呪いがあってたまるか!!
どう対処すればいいか困りあぐねているもそんな余裕を与えるはずもなく再びユイの眼前へ襲いかかった。
「危なッ!!」
今度は完全回避することに失敗し、鼻先を刃によって削られる。鼻血のように垂れた出血を庇いながらその場に伏せているうちに、通り過ぎた槍はまたもカーブの予備動作を始めていた。
「流石に次、アレが飛んできたらやばいよね」
まるで100回付近のシャトルランを永遠と繰り返されるような地獄の時間。それも心臓を狙う殺し屋のおまけ付きだ。片方だけならともかく同時に来るとなると話が違ってくる。
体力勝負なら負けないがあの無機物にそんな概念があるとは思えない、ならばどうにかするのは槍の方だろう。やはり止めるしかないのだろうか。
でも、どうやって。いや考えている時間はない。次の攻撃に賭けよう。
確実に狙いを定めた槍は、心臓目掛けて速度を上げる。
「————————ッ」
そして、絶大な破壊力を持った一撃は遂にユイの肉体へと貫通する。その瞬間クレアも堀北も、当然オーディンでさえもユイの死を直感した。心臓が貫かれ、この世から消失する様を誰もが頭に過らせた。
しかし目の前で起きた現実は違う。高い殺傷威力を放った槍は紛うことなくその効果を発揮した。貫かれた左肩からは大量の血が流れており、十分な深傷を負わせた。
「躱したなッ!!我が必殺の一撃を!!」
わざと自分の体に命中させることで強引に動きを止めた一か八かの大博打。致命傷は避けるべく心臓を避け左肩を犠牲にした苦肉の策だった。
「心臓を執拗に狙うから何か嫌な予感がしたんだ。だってボクが耐えた攻撃をもう一回するわけないよね」
ポッケに入れていたポーションを傷口に当てながら、オーディンに向けて自らが立てた推理を明かす。
「お見通しだったってわけだ。ったく、この世界には英雄レベルのバカが多すぎるぜ」
人差し指をボクに向けると、左肩に刺さった槍を引き抜き自分の手元に移動させた。傷口の栓になっていた槍を取り除かれたため、せき止められていた血が噴き出す。すぐさまクレアが駆け寄り、残り少ない魔力を使って傷を治癒する。
恐らくクレアは確実に、堀北も残存する力はそう多くは残っていないだろう。それだけ目の前の男に力を消費ししてしまった。こうなっては今更傷を癒しても真っ向で彼に挑むことなどできるわけがない。
ましてや相手は勇者オーディンだ。その伝説はボクがいた異世界でも轟いていたのだから。もし本物なら魔法が使えないボクとの勝負なんて成立しない。
本当の絶望はここからだ。そうボクを含めて三人が覚悟した時、相反するように目の前の男は武装した槍の矛先を地に下ろした。
「この先にお前らが目指すダンジョンはある。俺ほどじゃねぇが刺客は他にもいるから精々気張ってけや」
「え、え?逃がしてくれるの?」
拍子の抜けた声に、オーディンは小さく笑うとその疑問に答える。
「新しい大将は臆病らしくてな。勝てないと思ったらすぐ引けと命令しやがる。運が良かったな小僧、これが斗真なら差し違えても殺せと命令していたはずだぜ」
槍についた血液を払うと、ボクの顔を暫く見つめて踵を返し背中を向けた。
「少なくとも俺はここでお役御免だ。精々強くなれよ坊主」
そうして、現実に帰還して最大の危機が靴音を鳴らして去って行った。不穏な予感と妙な哀愁さを残して。
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