第15話 凶刃

 街灯が少ない暗い夜道の中、リュックサックより取り出した懐中電灯で辺りを照らしながら歩いていく。クレアが言う八神家からの刺客とやらが本当に現れるのかすら未だに疑心暗鬼なのだが、もし来るとしたらこういった路地に近い暗闇の中だろう。

 警戒しておくことに越したことはない。そう思って用意した懐中電灯だったのだが、ボクの取り越し苦労だったらしい。


 前方の10メートル先を照らしていた光は、いつの間にか100メートル以上の大規模な照射へと進化していた。まだ見ぬ懐中電灯の可能性が見せた奇跡などではなく、実際に光を放っていたのはボクの背後で魔法を発動していたクレアによるものだ。


「今時いないわよ。そんな原始的な道具使ってる奴」


 彼女が掲げる左手には電気による発光を利用して、辺りを明るく照らしていた。その規模と言ったらボクの懐中電灯などろうそくの灯火が如く、ちっぽけなものに見えるほどだった。


「魔法が使えねぇと大変だなオイ」


 憐れみに近い視線を送ると、堀北はユイの肩を軽く叩いて嘲笑うように鼻で笑った。


「馬鹿にしている暇があったら私たちの前を歩いて頂戴。前衛の役回りが必要だから貴方を呼んだんだから」


 ふざけ笑う堀北を一蹴すると、クレアは警戒の色を解かずボクの隣を歩く。万が一襲撃が起きた場合には堀北が攻撃に出て、クレアが防衛の役割担うのだろう。一応自分も戦えないわけではないが、現代世界における魔法戦闘の実践経験が少ないため戦力としては不足しているのは確かだ。


「あいあい、わかってるって。てかお前ら飯は食ってきたのかよ」

「私は軽く食べてきたけど。ユイは?」


 言われてみれば家ではあまり食べてこなかったことを思い出す。食べ過ぎて動けなくなることを想定して、2時間前くらいにおにぎりを二つほど胃に入れてきたけど流石に少しだけお腹が空いたか。


「ちょっとだけ、何か食べたいかも」


 堀北も同じことを思ったのだろうか。目の前にコンビニが見えてきたからか嫌に空腹感を煽られた。


「え〜もう、仕方ないなぁ。ちょうどそこにお店あるから寄ってこっか」

「おう。そうしようぜ」


 彼女の提案に堀北が返事を返すと、本来の進路である道から外れてコンビニが立つ反対側の道へと向かうべく横断歩道を渡っていたその時、現実離れした風貌をした金髪と青目の外国人が目の前に現れた。

 それはさも自然に。先ほどまで一緒にいたかと錯覚するほどに違和感がなかった。現に他の二人はその存在に気づいていない。


 己の心臓の鼓動すらも聞こえない無の時間。走っていた車も、話しながら歩いていた通行人も何もかもの動きが停止した異常な空間で声すらあげられずその場で立ち尽くしていると目の前にいた不審な男は沈黙を破った。


「小僧。死ぬなら今宵しかないぞ?その器が晩成を期した時では手遅れになる」


 今すぐ暗器を取り出してボクを殺す。そんな冷徹な敵の刺客だと思い込んでいたばかりに意味不明な男の言葉に思考が停止する。


「なにを、言っている?」


 ようやく口にできた唯一の言葉を目の前の男に投げかけると、そいつは不敵な笑みを浮かべながらボクの真横に立った。


「オレの手で楽にしてやるのもいいがそれではつまらん。せいぜい傍若無人に生を謳歌すればいい。いつかの貴様がしていた凶業のように」


 男の気配が背後の向こうに消えていくと、極度の緊張状態に置かれていた体が膝より崩れ落ちた。


「は?」

「え、ユイ!?」


 息を切らし、全身に汗を垂らしたボクの体を庇うとクレアは反射的に治癒魔法の詠唱を始めた。


「待ってクレア!!大丈夫、大丈夫だから」


 展開しかけた魔法陣は強い光を失うと共にその効力を失う。全ての消費することで発動する緊急治癒魔法はなんとか防ぐことができた。


「ご、ごめん。ちょっと慌てちゃって」

「こちらこそ、心配させてごめん。少し転んじゃって


 誰から見てもそんなわけがない明らかに疲弊し切った様子にクレアと堀北は見合わせた。ただ実際、敵による攻撃が行われていないこの状況下で一番あり得ることはユイが口にした発言だ。そのため二人ともその言い分を完全に否定することができずその場は静かに収まりを見せる。


 それからと言うと、コンビニで軽く軽食を済ませた三人は目的地のダンジョンに向けて足を進めた。イレギュラーな事態は起こったものの、目立った襲撃や事故が起きることはなくクレアと堀北の魔力消費も比較的抑えられたままダンジョン到着まであと10分というところまで漕ぎ着けた。


「なんというか植物が増えた感じするね。さっきまで家とかお店ばっかだったのに」


 ダンジョンというからにはやはり自然に囲まれた場所にあるのだろうか。てっきり現代らしく住宅街の中にポツンと出現していたりすると思ったのだがその予想は見事に外れたらしい。


「それでもこれ以上草花は増えないわ。ダンジョンと言っても地下施設に近い場所だからアンタの想像してる洞窟みたいな場所じゃないわよ」

「うぅ、何も言ってないのになんでわかるのクレア」

「そりゃわかるわよ‥‥何年一緒にいると思ってんの」


 視線を下げてクレアがモゴモゴとし始めると、堀北がわかりやすいように溜息を吐いた。


「テメェも一緒にいけばいいじゃねぇか。何年コレを見せられればいいんだよ」

「うっさいわね!アンタには関係ないでしょ!?」

 

 突如として始まったクレアと堀北の喧嘩に、何故か安心感を覚える。そういえば小さい頃から何かと面白い場所をクレアが見つけてきてはボクたちを連れ回して探検ごっこしたりしたな。


 もう戻らないと思ってたけど、こんな光景がまた見られる日常になるのなら。


「今日、ここで亡命しなくてもいいかな。」


 思えばこの瞬間だけだったんだ。


 唯一、この場にいる三人の気が緩み当初の目的を僅かでも見失った瞬間を敵が見過ごすことなどするはずがなかった。



「穿つ必中の槍、グングニル」



 聖なる光を放った凶刃が、周囲に鮮血を撒き散らしながら藍沢唯の心臓を貫いた。


 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る