第13話 予兆

「それが勇者を倒してしまった貴方が取るべき最善の手段よ」

「亡命って、日本から出ろってこと?冗談だよね!?」


 本当に冗談じゃない。確かに勇者を倒したのもこんな状況に陥ったのも自分が原因なのかもしれない。ただそれが勇者を倒したという理由だけで島流しみたいな扱いを受けるのはあまりにも酷ではないだろうか。


「この国における勇者の存在価値はさっき説明したはずよ。貴方はそれだけのことをやってしまったの」


 人間国宝として扱われるこの世界では勇者は最強の証と同時に守られるべき最優先の対象。そんな理解し難い歪な関係をすぐに飲み込むことはできないが、クレアが言うには何も国内を出て海外に亡命するなどという大規模な話ではないらしい。


「取り敢えず八神家が抑えるこの領土、ミスリル領地から出ればいいのよ。ここでは斗真を倒した実績は罪になっても、他領地からしたら英雄扱いされるわ」


 そっか。取り敢えずこのミスリル領土から出ればいいのか。なら日本を出る理由は無くなる‥‥ん?てかミスリル領地ってなんだ?


 心に浮かんだその疑問をボクはそのまま彼女に質問した。何故ならここ日本においてそんな横文字のファンタジー地味た地域など存在していないからだ。


「嘘でしょ?そこからなわけ?」

「そこから、とは?」


 首を傾げるユイを放置し、クレアは机に置いていた自身のスマホを手に持つと日本地図が大きく拡大された画像を提示した。


「まさか日本の地理区分も把握してないなんて。アンタが知ってる日本ってどこの何よ」


 目に入った地図は小学生から知っている日本の形だった。北海道に、東北、関東から関西まで一繋ぎの大陸だった異世界とは違って馴染み深い地形だ。

 そうして細かな地域区分すなわち都道府県の各地に目を向けた時、ボクの緩んだ頬はそのまま硬直する。


 日本を形成する47の都道府県。その全ての名前が一切合切載っておらず、代わりに記されていたのはどう見ても違和感でしかない横文字のカタカナ地域名だった。本来北海道と記載されているはずのところにはエーデルガルト領地と、今ボクたちが済んでいる東京を含めた関東が記されているはずの箇所にはミスリル領地と聞き馴染みのない地名へと変貌していた。


「流石に嘘でしょ。こんなに変わっちゃうことがあるの?」


 確かにここは日本だ。それは生活文化も食文化も魔法が介入して変化はあったものの、原型を変えることはなかった。アニメも寿司も、侍も日本が代表するカルチャーは帰還したこの現実世界にも確かに存在している。けどまさか、ここに来て地名そのものが違うなんてことがあっていいのだろうか。帰還してきて1週間立つけどこの世界が本当にもと居た日本なのか、疑ってしまうほどにショックの大きさは計り知れなかった。


「まぁユイが居た日本のことも気になるけどそれはまた今度聞くわ。それより今は先のことを考えなきゃいけない時間よ。実際、今度なんて言えるほど私たちに余裕はないんだから」


 励ましの言葉をかけながら軽くユイの背中を叩くと、クレアはスマホの拡大した日本地図から東北のあった箇所をピックアップすると早速話を始めた。


「アンタに話した通りこの国には複数人の勇者の末裔が存在してる。そしてその中から本物の勇者は誰なのか競い合うように派閥が生まれているの。そして東の勇者だった八神斗真が不在の今、ミスリルはかなり不安定な状態。だから他の領地に逃げるとしたら今の時期しかないわ」

「それでここに逃げろって?」

「そう。北の勇者、鬼灯家が納めているエーデルガルトに」


 東京から青森、軽く言ってくれるけど実際かなりの距離だ。ボクの居た日本じゃ新幹線を使っても3時間はかかる。何よりお金が馬鹿みたいに高い。

 けれどこのボクの懸念も恐らく本当にただの懸念で終わるのだろう。なってこの世界はボクの知っている現実世界の日本であり、常識も文化も地形すら違う異世界なんだから。


「移動手段は?」

「ここから歩いて1時間のところに旅路の祠と呼ばれる転移魔法陣が展開されたダンジョンがあるの。そこに向かえば簡単にエーデルガルトに行けるわ」

 

 ダンジョンて。聞きたくなかったな、ここ日本で。


「青森だったところだし。りんご食べられるかな」

「あらよく知ってるわね。特産品はリンゴだから食べられると思うわよ」

「そこは変わってないの!?」


 変わってたり、変わってなかったり。ほんとなんなのこの世界は。


「亡命の手段はわかったよ。でもさ一番重要なこと忘れてない?」


 そんなボクの質問に対して、クレアは拍子の抜けたような表情でコチラを見つめる。


「ボクの実家は東京‥‥ミスリルなんだけどさ。生活はどうしていけばいいのさ。もしかして学生やめて働けって言わないよね?」


 流石にこの問題を解消してくれないとクレアの出した作戦に乗ることはできない。それは海外でなくとも同じ日本であっても譲れない最低限の求める保障だ。

 そう考えているうちに、クレアはボクの全身を舐め回すように足元から頭上までつたると何かを確信して一つの案を告げる。まぁ、いつもの悪魔的笑顔を浮かべているため、ロクな意見出してくれないのはすぐに察した。


「ユイならワンチャン女でもいける容姿してるんだし、いっそのこと水商売とかしちゃえば?」

「するわけないでしょ!?というか今すぐ全世界の女性に謝って!」

「えぇ?いけると思うけどなぁ」


 何がいけるのかさっぱりわからない。憤慨しているボクを前にクレアは「まぁまぁ」と宥めると、小さく咳払いをして話を本筋に戻した。

 

「その点は大丈夫。さっきも行ったけど同じ国でも派閥争いを繰り広げてる最中だから、他領地の勇者を倒した人材が入ってきたなんて知れたらそれなりの好待遇を用意してくれるはずよ、多分、恐らく、絶対!」


 クレアの曖昧な考えの真偽はさておき。ほんとうにそんな他領地同士にやる争いが生まれているのだろうか。こればかりは実際に目にしてみないとわからない。

 八神君みたいな勇者の末裔が収めているのだとしたら、それはそれで不安しかないんだけど。


「取り敢えず準備はしておきなさいよ。荷物は最低限なものでいいから」

「え、もしかしてすぐに向かう感じ?」


 ボクがそう尋ねると、帰宅の準備をし始めたクレアは一度手を止めてこちらを振り向いた。


「話聞いてたわけ?取り敢えず明日の夜には向かうから。流石に私たち二人じゃ何かあった時困るから適当に助っ人は呼んでくる。それまでは大人しく家にいること!!いいわね!?」


 軽い怒声を浴びせると、クレアは玄関にいたボクの妹にだけ挨拶して家から去った。


 当初は学園で穏やかな生活を送るための作戦を練ろうとしていたはずが飛んだ大計画に発展してしまった。まさか現実世界にまできて誰かに追われる人生を歩むことになるとは流石に想像だにしていなかった。

 




 そして、物語は災厄の警鐘を合図に混沌の渦中へと誘われていく。

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