第12話 勇者の意義
クレアによる地獄の質問責めは太陽が沈むまで長時間に渡って行われた。気がつくとリビングの壁掛け時計は午後6時を示しており、窓の向こうはすっかりオレンジ色に染まっていた。
うっかり口にしてしまったミシェルとヒナの件は、クレア以外にできた初めての女友達という認識に留めてもらえた‥‥などという簡単な話で済むはずがなく。彼女による鬼追求はいよいよ出会いにまで掘り下げられた。勇者アスティと戦士ゴーケンに関する思い出は然程興味がないらしく魔法使いと僧侶の、特にミシェルについてクレアは尋常じゃない興味を示した。
「それじゃあ僧侶のミシェルは本当に白銀の髪色で、姓はシューベルだったの?」
「何回確認してくるんだよ。そうだって言ってるじゃん」
ボクと彼女の関係、特に恋仲かどうかをしつこく確認して納得した後、彼女は永遠にこの話題を投げかけてくる。勇者一行のメンバーについて気になることと言えば、普通は魔法だったり扱う武器など現代に残る教科書では知ることのできない未知な一面を知ろうとするはずだが彼女は先ほどからやけに容姿や姓について質問を繰り返す。
「なるほどね。てことは勇者一行の”勇者”以外のメンバーは正統な末裔ってことなんだ。つまりサナも確実にミシェルの血を受け継いでるのね」
意味深な言葉を吐くと、彼女は何かを確信するとその場で深く二度頷いてみせる。一体なにをそこまで気にしているのかボクがクレアに尋ねると、彼女は冗談や揶揄いを挟むことなく至って真剣な眼差しを向けながら答えた。
「アンタも見かけたことあるでしょ。八神とよく一緒にいた銀髪の女の子。あれが勇者一行の末裔、ミシェルの子孫なのよ」
クレアが告げたその事実にユイはあまり大きな衝撃を受けることはなかった。勿論、勇者の末裔がいるように他のメンバーの子孫だっているだろうと推測できていたこともある。けどそれ以上に彼女がミシェルの子孫であると確信させた理由は他にあった。
校舎の廊下ですれ違う何気ない瞬間や、彼女の後ろ姿をふと目にした瞬間、話をしたことも目を合わしたこともない彼女という存在にミシェルの面影を当てはめることは多かった。
そして何より、現時点においてユイが遭遇した魔術師の中で間違いなく桁外れの実力を有しているのが彼女だった。魔法を無限に発動することができる無尽蔵の魔力の持ち主、ミシェル・シューベルの血を受け継ぐと語るには十分過ぎる器だろう。
魔力が使えないという縛りをかけられ、もはや戦う術を持ち合わせていない自分自身からしたら間違いなく相対してはならない人物。暫く接することは避けようと一念していたユイだったが、今回の一件によって自ら手繰り寄せてしまう結果になるとは予想すらしていなかった。
当然、目の前に迫る災厄にユイ本人が気づく手段はない。
「ある程度覚悟はしてたけど彼女が末裔だというのなら最悪の未来が起きる可能性が現実味を帯びてきたわ。私がここに来た甲斐があったってものね」
「最悪の未来?」
「都市伝説よ。勇者一行に名を連ねる者に害を与えた者は何者かの手によって災いが襲いかかるという噂」
「なにその具体的過ぎる都市伝説。明らかに報復に来てるよね?」
「報復ね、言い得て妙よ。実際起きてるから都市伝説と呼べるのか曖昧なところではあるんだけど」
この世界において勇者一行は国宝に近い存在。それはかつて世界を恐怖に陥れた魔王の復活を案じてのことらしい。そんな日本が誇る最高戦略を半減、もしくは消失しようとする輩が現れようものならそれは国家転覆罪にも負けない大罪となる。
今回ユイがやってしまった八神斗真の魔力消失事件。それは学校が管理していた模擬戦の下起きてしまった不慮な事故だ。それを今回学校側がどう対応するのかといった議論をよくテレビで見かけていたのだが、どうやらクレアが懸念しているところはそこではないらしい。
「魔術師評議会って知らない?勇者一行を含めた過去の英雄たちの末裔によって結成された国家公認の集団組織。推測を踏まえて簡単に話すともしかしたらその人たちがアンタを消しに来るかもしれないっていう話よ」
「どこをどう簡単に話したらボクが消されることになるわけ!?」
あまりに理不尽でぶっ飛んだ話にボクはそうツッコまざるにいられなかった。
「知らないわよそんなの。ただ過去に勇者一行の末裔を倒した人がいるんだけど、その人たち全員が謎の死を遂げてるのよね。自殺だったり、事故死だったり、よくあるのが行方不明とかね」
「そんなことして何の意味があるんだよ。別に生かしておいたってその評議会に敵対しなきゃいい話でしょ?」
「帰還してみてわかったでしょ。この世界では教科書になってるくらいアンタを含めて勇者一行の存在を神格化してる。それこそたった一人の男子高校生が模擬戦に敗れたくらいでトップ記事になるくらいのね。結局、評議会を含め世間様は英雄が一般人に負けることを求めてないし許さないのよ」
勇者より強い者、それが勇者ではないのだとしたら彼らは一体何者になるのか。ボクはこの世界における勇者が最強の称号ではなく、単なる政界における肩書きのように聞こえてならなかった。結局のところ。この世界は勇者を求めているようで、本当の意味での勇者を求めていない。かつて魔王が討伐することに全ての願いと希望を託された真の勇者、アスティのように。
「まぁ暗い顔していても仕方ない!だから私がここに来たんでしょ?」
両手を合わせて空音を鳴らすと、無理矢理会話の中に句点を打ちこんだ。
「暗い話にしたのはクレアだよね」
「へぇ〜そういうこと言うんだ?これから命の恩人になるかもしれないっていう人に向かってさ」
「命の恩人?」
微妙な反応を返すユイとは対照的に、新しいおもちゃを目の前にしたような心を踊らせるクレアを前に嫌な予感を直感的に覚えさせる。これ以上最悪な展開が待ち受けるはずがないと思うのだが一応聞くだけ彼女の話を聞いてみた。もしかしたらこのお通夜の空気を塗り替えるワクワクドキドキな展開が待ち受けているかもしれない。
「うん。取り敢えず荷物まとめて亡命しようか」
‥‥‥‥はい?
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