第11話 異常気象
ボクはクレアに欠かすことなくありのままの真実を話した。異世界に召喚したこと、勇者一行のパーティで魔法や戦闘の実力を伸ばしたこと、そして魔王ハデスを討伐したことを。
異世界で起きたことはこの世界において全て大昔に存在した歴史だ。それらを目の前で体験し、自らが歴史上の人物だと語るボクのことなど側から見れば狂っているとしか言いようがない。
以前の日本史で例えるのなら、自分は本能寺で織田信長を討った明智光秀であると自称しているようなものだ。自分自身でこんなことを言うのはおかしな話だが、そんなイタイ厨二病を拗らせた人をボクは心から信じることができないだろう。
だからこそ、身勝手な我儘を押し付けていることは理解している。自分ができないことをクレアに信じてもらうよう頼み込んでいるのだから。”そんなの嘘だ”、”信じられない”これらの拒絶ならきっとこの世界にボクの味方は存在しないだろう。
けれど彼女はボクが一通り話を終えると、開口一番に告げた言葉は拍子の抜けたものだった。
「へぇ〜なんていうか。すごいことが起きてたのね」
信じる信じない、その判断を下す前に彼女が口にしたのは直接話を聞いての感想だった。
「そ、それだけ?なんかもっとないの?」
「アンタは私に何を求めてるわけ」
「異世界召喚だよ!?ラノベなら王道の展開じゃん!」
逆にこっちが感情を剥き出しにして声を上げると、クレアはうんざりしたような態度で振り向いた。
「ラノベってユイがよく読んでた小説でしょ?私それ知らないし」
露骨に嫌そうな顔をする彼女に、ユイは思わず苦笑いを浮かべた。一度だけおすすめのラノベを貸して欲しいと言われ後日感想を尋ねたことがあったのだが、その時は意外と面白いと好反応を見せてくれた。
もしかしなくても、アレはボクに気を遣っての対応だったらしい。
「まぁでもそれくらいぶっ飛んだ理由がないとアンタの急成長を遂げた理由が信じられてないかも。ほら、魔法が存在する世界なんだし召喚魔法なんてのもありそうじゃん?」
彼女の言葉には妙な説得力があった。確かに魔法がなかった当時ならまだしも、こんなファンタジー全開の異世界に変貌したこの世界なら召喚魔法や帰還魔法が存在していてもおかしくない。
「あ、てことはもしかしてだけど‥‥」
先ほどまで予約たっぷりの笑みを浮かべ、揶揄い気味にボクと会話していたクレアが急に顔を青ざめ始めた。
「け、結婚とかしたわけ?異世界の女の子とかさ」
「け、けっこん!?」
格段に声量が下げて恐る恐る尋ねてきた彼女の質問に思わず咳き込むと、テーブルに用意されたコップ一杯の水を飲み干した。
「してるわけないじゃん!だってまだ未成年だし!」
「そ、そうなんだ!よかった————って、別にアンタが結婚してようがなかろうが私に関係ないし!どーでもいいし!」
「えぇ、どうしてこの流れでボクが傷つかなきゃいけないの?」
この短時間で彼女の心情にどんな変化があったのか知らないが、悪かった顔色は元に戻ったどころか本調子に戻っていた。
「きっとアンタのことだから異世界の女性にも男として見られなかったんでしょ。少しは私以外の女の子と仲良くなる努力見せてみなさいよね!」
「そ、そんなことないよ。ヒナとかミシェルとか女の子の友達だってできたし!」
「‥‥ヒナ?ミシェル?」
その瞬間、家にいた全員に突如として身の毛のよだつ強い寒気が体全身を駆け巡った。それはエアコンの冷房でも、ましてや冬将軍の到来でもない。
不倫をした男性に女性が放つ、殺気に近いそれだった。
「どういうことユイ」
「え、な、なにクレア。と、とりあえず落ち着いてよ」
異世界で培われた第六感、危機察知能力。ボクの神経の全てが逃げろと命令する。
「落ち着いてるからそれで?その女の方たちの話さ、私とっても気になるな」
異世界の話をクレアにした時、ボクは無意識にヒナやミシェルの名前を伏せていた。当然そこに疾しい気持ちはない。ただ思い出が思い出なだけに、反射的にボクは彼女たちのことを話さなかったんだと思う。
理由は簡単。多分ボクはヒナとミシェルにされたことをクレアに話せば、身の安全が保障されないことを察していたんだ。
でもごめん。これだけはいくら何でもクレアには話せない。例えば全てを委ねることができる親友だとしても。
だってそうでしょ。ボクは未成年で、結婚もしていない学生だ。なのに、もしかしたらこの世界にはボクの子孫がいるかもしれないなんていう仮定の話をするわけにはいかない。
うん。絶対、コロされるよね。
◇◆◇
ユイがクレアによって執拗に責められていたその頃、彼らが在籍している都立鳳桜学園では一人の少女が理事長室に呼び出されていた。
「わざわざ来てもらってすまんなサナ。お主にやらせろやらせろと上からの圧力がうるさくて〜のぅ」
体は痩せこけ、毛は頭の頂点と顎の髭にしか生えていない今にも死に果ててしまいそうな老人が扉の前に立つ一人の少女に向けて依頼を出した。
「悪いがちょいと行ってきてもらえんか。儂も勇者一行の末裔家系として今回の一件を黙っているわけにはいかなくてな。可愛い孫娘がちょちょいと片付けてくれると助かるんじゃが〜どうじゃ?」
質問に是非は問わず。依頼というより命令に近いこの要請を神の巫女と呼ばれし彼女には、黙って聞き受ける選択しか元より存在しなかった。
「お任せくださいお祖父様。勇者一行、僧侶ミシェル・シューベルの血を引く者として、ユイ・アイザワの暗殺を無事完遂して見せましょう」
その日、六月の日本列島全域にもたらした雨は突如として異常発生した凍てつく寒冷気候により雪や雹へ変異したという。
この奇怪な現象に科学者や気象予報士たちは振り回されるも誰一人として知る由がない。偉大な知識を持つ彼らを振り回しているのが温暖化によるものでも、ましてや神の気まぐれでもなく。
たった一人の少女の、”憂鬱”による些細な感情変化によるものであることを。
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