第10話 親友《クレア》
勇者の末裔候補が魔力ゼロの劣等生に敗れた。魔法至上主義の学校において根本から崩れかねないその事実に、戦いを見届けていた者たちは沈黙を持って応えた。
だが当然、全ての生徒が大人しく口を閉ざしていたわけではない。試合が始まる寸前まで八神にエールを送っていた女子たち、そして彼を支持する男子たちが藍沢に向けて罵倒を飛ばした。側から見ればジャイアントキリングを成し遂げたと言える偉業だが、蓋を開けてみれば待っていた結果は悲惨の一言。
将来の日本を背負うと期待された勇者の血を引く末裔が魔力ゼロのデク人形に化した。周囲の風向きさえも変えてしまう膨大な魔力も、武器に魔法を練り込む技術も、八神斗真という天才を形作っていたもの全てが失われたのだ。
敗北のショック、常日頃の粗暴な魔力消費が原因など様々な推理や議論がなされたが結局その真実が明らかになることはない。
日本の国を超え、世界中のトレンドニュースとなった勇者の損失事件。それを引き起こした某学園に在籍する生徒を各メディアや新聞社は彼のことを戒め込めて呼んだ。
勇者殺しと。
◇◆◇
八神君との模擬戦からおよそ3日が経過した。ボクが彼に勝利してしまった代償は思っていた数十倍大きく、せめて学園内のみで留まると思っていた反響はリビングにある32インチの薄型テレビにまで影響を及ぼしていた。
朝からずっと同じニュースが延々と流れている。見出しは揃って日本の宝損失!か、どうなる日本!?このどちらかだ。
けど、まだそれはいい。偉そうな大学教授やアナウンサーがボクのことを酷くいったり、今の教育体制に物申す姿にはそこまで傷つくことはない。勿論、嫌なことに変わりはないけど。問題なのは時折流される街頭インタビューだ。同年代の学生、そして純真無垢な子供たちが涙を流して”負けないで勇者さん!”などと叫ぶ姿には流石に心をえぐるものがある。
「どうしてこんなことに‥‥」
押し潰されそうな罪悪感を抱える中ボクはあの日のことを思い返す。無論、八神斗真との一戦だ。
確かにボクは八神君を倒そうと決心した。確実にアスティの何らかの魔法による影響はあっただろうけど、それでもクレアを悪く言われたことには怒りを覚えたしぶん殴ってやりたいとまで考えた。
そこからだ、自分の記憶が曖昧なのは。八神君を倒そうと一歩踏み出したところまでは覚えてる、けれどどうやって彼を戦闘不能にそして魔力を奪うまでの所業を犯したのか記憶にない。茫然とした意識の中から醒めると、目の前で地に伏せた彼の姿があった。首には強く締め付けられた跡が残り、白目を剥いて泡を吹く無惨な彼の姿が。
本当にボクがやったのかな。その事実を確認することができないまま現状こうして自宅で隔離している。まだどこの情報局もボクの名前に辿りつくことができていないため、追っかけられたりすることはないけど。それも時間な問題だろう。
最悪、家族を巻き込む前にこの家を出る必要があるかもな。今は学校自体が休校で家を出る用事が特にないから身バレすることはないだろうけど、いつまでもこうしているわけにはいかない。
絶望が待つ未来に、ソファに座りながら一人打ちひしがれていると、開くはずのないリビングの扉が音を立てて開かれた。
「だいぶ参ってるわねアンタ」
そこにいたのは自分にとって唯一の友、クレアだった。
「なんでいるの」
決して歓迎ではない唯の低い声に、小さく肩を跳ねさせるもクレアは堪えて自分が入ってきた扉の先を振り返った。
「杏ちゃんが開けてくれたわ。んで、兄様を助けてあげてって泣きついてきた」
容易く想像できてしまう光景にふと吹き出してしまいそうになるも、緩みかかった気を引き締めて再度クレアに向き直る。
「ブラコンな性格は変わらないんだね。アンタと違って」
「杏は昔からあんなだよ‥‥え、アンタと違って?」
違和感を覚えた箇所を強調して復唱すると、クレアはここ最近抱いてきた疑念を確信として口に出した。
「変わったでしょ実際。アニメや漫画にしか興味のないド陰キャのアンタ部活に興味を持ち出したり、私以外の他人と話す時は目すら合わさなかったのに積極的に会話したり、挙げ句の果てには筋肉質になって身長も伸びてるし。前までは私とあんまり変わんなかったのにさ」
異世界に召喚して成長した魔力以外の一面、その全てをクレアの口から告げられる。実際彼女の言葉に間違いはなく、9割方的を得ている推測だった。
「極め付けは八神の一件。あの場にいた誰もがどうやって勝ったのか見てないけど異常だって。魔力を持っていないアンタがどうやってあの化け物を倒せるわけ?」
「それはたまたま運が良く‥‥勝てるわけないですよね」
「当たり前でしょ。一応アレ国が選抜して強化した魔術師なんですけどね」
冗談や言い訳なんて言う程のいい逃げ道はもはやない。全ての退路を塞いだ上で再び彼女はボクに問いかける。
「変わったよね全部。ユイは確かに私の幼馴染だけど。目の前にいるアンタは私の知ってる人じゃない。これから色々のことを考える前に教えてよ。このままだと私、全部アンタのことがわからなくなりそうだから」
握られた両手を僅かに震わせながら見つめるクレアの赤眼はボクの目を掴んで離さなかった。
「‥‥信じられないかもしれないのような話だよ。それでも聞く?」
真実を伝えるか、嘘で誤魔化すか。その選択を頭で取捨するまえに気がつくとボクはそんな言葉を呟いていた。
「当たり前でしょ。聞くに決まってる」
確固たる信念を持ってして頷くと、クレアはユイの意思を問わずして空いたソファの隣に腰掛けた。それはまるで幼い頃、共に公園のベンチに座り他愛のない話をするかのような距離感。自然に視線が交錯すると二人はいつかのように笑い合った。
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