第9話 幾千年後のらぶれたー

 対策。攻略。弱点探し。そんなものを考える間もなく、無情にも時は放課後の八神戦に向け加速する。どっちが勝つのか、そんな話題で盛り上がるどころか学内で密かに賭けが行われるまでに熱を帯びていた。

 整理券まで配布される始末となった会場は既に満員御礼。ここまで大規模な事態になるとは思わなかったけど、幸か不幸かボクにとっても、彼にとっても都合のいい環境に仕上がっていた。


「やっぱりおかしいよねボク。普段は目立つことなんてしないはずなのにこの状況を楽しんでるよ」


 疼く左目を抑えながらボクは親友の頭を思い浮かべた。


「君の仕業だよねこの魔法。全くいつ仕掛けられたのやら」


 感情を扇動する魅了なんていうチンケな魔法じゃない。人の思想を自分に押し付けられてるようなこの感覚。禁忌魔法の一種、洗脳魔法だ。特定条件を満たした場合のみ術者の思想が対象の精神に干渉し、行動を強制する呪い。

 発動条件はきっと、アスティの望む理想の未来に弊害を与える存在と遭遇した時だろう。どんな基準で、理由を持ってして彼を排除すべきと判断したのかはわからないがこの魔法が解呪されなければボクの選択は限定される。



 無論、八神斗真を倒せの一択。



 同じく舞台に立ち、目の前で槍を構える戦士に向けて改めて戦意を向けると戦う覚悟を相手に問いかける。


「準備はいいかな。八神君」


 数多の女子生徒からの歓声に応えていた中、背後から掛けられたボクの声にわざとらしく反応すると余裕に溢れた笑顔でこちらを振り返った。


「君の方こそ準備、いや覚悟はできたのかい?今後学校中の生徒から虐げられる覚悟さ」

「え、それは嫌だな。ボクだって友達は欲しいし」


 魔法どころか友達ゼロの学校生活なんて流石に勘弁して欲しい。もしそうなったら全身全霊を持ってして異世界に戻るべく召喚魔法を開発しよう。この呪いがある以上それをアスティが許してくれるかわからないけど。


「友達って、そんなの今と現状変わらないでしょ」

「いや1人はいるよ!えっと‥えっと、そう!クレアとか!!」


 ごめんクレアこんな時に君の名前しか出せないボクを許して!


「なるほど。もしクレアが君のことを友だと語るなら、同様に彼女を虐げなくてはならない」

「え、なんで?クレアは関係ないでしょ!!」

「関係あるさ。ゴミと同じ飯を食らう同種だと分かった以上人間様と同じ扱いをするわけにはいかない。そうだろう?」


 彼が何を言っているのかボクにはわからなかった。今まで自分勝手で傲慢で、我儘な人間を何人も見てきた。けれどその人たちは自分勝手だけどそれなりの信念と理由を持っていて、願望を叶えるべくそうしていた。

 けど八神君は違う。ボクが気に入らない。そして気に入らないボクと関わるそいつも気に入らないだから虐める。そんな非合理的なんていう言葉では片付けられない台詞を躊躇いもなく彼は口にした。



 目の前にいる男を生かしておいてはいけない。そんな意思を抱いたその時、制限された自意識の中、扇動された負の感情が無意識にボクの精神を決壊させる。




「そうだ。僕のクラスメイトに彼女と交際を望んでいる子がいてね。いい機会だから彼と付き合ってもらおう。虐げられるよりも男性の性欲を解消するする道具になった方が彼女もきっと喜ぶだろ——————」

「武器を持って八神君。早く始めよう」


 気がつくとその場からゆっくりと歩き始めていた。当然、ボクの手には槍を持っている彼と違って何も握られていない。


「ッチ。人が話してるまだ人が話してる最中だろ。というか素手だよね君。魔法も使えないのにいよいよ血迷った?」


 血迷ってるのはどっちだ。真剣勝負の場において武器を持たないのは降伏をしていることと同義。今すぐ彼の懐に潜って一発入れることはできるけどそれじゃ意味がない。


 彼が、勇者となりうる器に相応しい人物であれば。この短時間で自身の役割を理解してもらう必要がある。


 君は勇者の末裔で、世界を守る義務があるのだから。


「いちいち癪に触るね君。いいだろう、僕の洗練された最強の一撃を持ってして目の前で果てるといい」


 八神は大きく槍を振りかぶり、堀北を沈めた魔法攻撃の予備動作を始めると観客の歓声に応えるようにボクの心臓目掛けて突き刺した。


「くらえッ!!銀竜一閃ドラゴスピア!!」


 圧倒的な魔力を保持する八神によって繰り出された一撃は前の堀北を飛ばした風力以上の威力を持って放たれた。槍の攻撃力は言わずもがな、風魔法によって吹き荒れた風は会場全体を包み込み観客席にいたほぼ全員の視界を奪った。


 しかし、ギャラリーにてその風を直接受けなかった者たちは舞台の上で起きている様子を鮮明に確認できる。まずは特別観覧室にいる面々だ。教員は当然、生徒会や魔法部の部長など学校内における有権者たちは視界を奪われることなく戦いを拝見している。


 そして、もう一つは舞台にて現在模擬戦を繰り広げている両者だ。魔法の性質上、術者に影響を与えることが少ない風魔法は使用した者の視界を奪うことなく発動できる。そのため視界はよりクリアであるため次の攻撃に繋げられるアドバンテージを有している。

 だがそれは技を受けた者が視界を奪われ戦闘困難か、もしくは風による弊害を防ぐために目を閉じているのどちらかのケースに限る。


 すなわち。完全に攻撃をいなされ、回避された場合は以上のアドバンテージは得られない。ましてや素手で槍の先端を握りつぶされたなどというイレギュラーが発生すれば次の攻撃などあるはずがなかった。


「え、どうして‥‥ど、どうなってんだ!!」


 自身の誇る最強の一撃。死んでも構わないという手加減のリミッターを外した攻撃を素手で止められるという現実に八神は言葉を失い、絶句する。


「魔術師同士の戦闘における勝利条件。それは己の力を過信しないことだ。自らの魔法が防がれ、あるいは回避された場合のことを考えずただ魔法を撃つしか脳の無い魔術師を魔術師とは呼ばない」


 握られた槍の切先を握力のみで握り潰すと、よろけた八神の襟元を片手で掴み上げる。


「ほらね。全体重を乗せて攻撃したから武器を失った体の主導権は行き場を失うんだ。これがもし殺し合いなら君の首は刎ねられ、その引き攣った顔も存在しない」


 大蛇に絡み取られたように硬直した身体を振るわせながら目の前にいるナニカに視線を向けると掠れた声で八神は慄きながらも抵抗を見せた。


「ふ、ふざけんなよ。僕は勇者の末裔だ‥‥お前如きに負けるほど弱くねぇんだよッ」  


 この状況下でも心が折れない理由。それは自分が勇者の血を引いていて特別であるという唯一のアイデンティティを心の依代にしているから。

 逆にそれを失えば彼が自壊するのは時間の問題である。


「親友を馬鹿にするのは心外だ。それにキミがオレの子供なわけがないだろう。笑わせないでくれ」


 八神の首を絞める力が強くなると同時に、先ほどまで囲っていた風の勢いが弱くなるのを感じる。時間の問題と察したオレはすぐさま目的を遂行するべく行動に移った。


「すまないがこの力は返してもらうよ。運良くオレの力を引き継いだみたいだが、どうやらキミはその資格はないらしい。他の候補者達に期待しようか」


 ある種、抜け殻になった八神の体をその場に放り捨てると手のひらに集中した魔力を自身の身に吸収した。


「彼への洗脳も施した不備はない。問題は力に溢れている他の候補者たちだがそれも追々片付けるとしよう。今日はもう時間がない」


 自らの体を包み込むような桃色の光が溢れ出すと、赤色に変色していた髪はみるみる黒髪へと本来の姿を取り戻していく。


「すまないユイ。もしこの世界に勇者が生まれなかったら、その役を任せてしまうかもしれない。かつてオレと共に魔王を討伐し、仲間として愛したキミに」


 

 

 

 

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