第8話 勝利の絶対条件

〔1〕


 まさに最強。

 

 そんな肩書きに相応しい勝利を刻んでみせた勇者の末裔、八神斗真。一切の攻撃を浴びることなく堀北を圧倒した時点で実力はすでに一年生の枠を越えている。もはや彼を止められるものはこの学年に存在しないと教官を含め全員が改めて認識しようとしたその時、無謀にも彼の目の前に立ち塞がった者が現れた。


 何の皮肉か、その者は彼と対極に位置する存在。魔法不適合者の最弱であった。


「僕と戦いたい?それは面白い冗談だね笑わせてくれる」


 槍を片手に、ゆっくりと舞台の階段を降りるとその先で待っているボクを気にもせずに通り過ぎた。


「君と僕とでは立っているステージが違う。そもそも魔法適正がない君がどうやって戦うんだい?意味のない戦いにかける時間はないよ」


 確かに魔法という超常的な力を持たない者は持っている者と比較すれば圧倒的なハンデを背負わされいるに違いない。けどそれは決して、勝負における絶対条件であるはずがない。そのことをボクはきっと学園で誰よりも理解している。


「勝負はやってみないと分からないよ。魔法が強いから、槍を使えるからボクに勝てるってのは傲慢じゃないかな」

「‥‥なに?」

 

 煽ったどころか逆に苛立たされた事実に対して、八神は耐えがたい憤りを覚える。口答えされたことに対してではない、自分が目の前にいるゴミ以下の底辺と同じ土俵にいると思われていたことが何よりも許せなかった。

 そうして反射的に止めてしまった足はそれ以上前に進むことはなく、充血して赤く染まった瞳をボクに向ける。


「なるほどね。腐っていたのは魔力だけじゃないってことだ。思考回路も死んでるならそういう発想も出てくるか」


 わざとらしく笑うと、自らの槍をコンクリートの床に突き刺して負の感情を剥き出した。それはきっと目の前で竦んで許しを乞うボクの姿を期待してのことだろう。


 多分まだ、戦う気なんてさらさらない。


「別に戦ってあげてもいいけどさ。こんなに実力が離れてる奴とやるなんて始めてだから、もしかするとだよ?君のこと—————殺してしまうかもしれない」


 周囲にいる学生に聞こえないよう、ボクの耳元までやってくると八神君は口を寄せて脅迫するように囁いた。彼の顔が真横にあるから表情を見ることはできないけれど、きっと彼はさぞご機嫌な笑みを浮かべていることだろう。ボクが慌てふためいて泣き喚く様を想像しながら。


 けどごめん八神君。君にとって”殺す”はまだ特別な行為かもしれないけど。ボクにとって殺すことは日常であって、生きていく上で当たり前の行為。異世界から帰還して直後だからそんなに抵抗がないんだ。


 だから。


「こちらこそ殺しちゃったらごめんね。八神君」


 そんな満面の笑顔を向けると、八神君はボクとの決闘を逆鱗を持ってして受諾した。


 


〔2〕


 かくしてボク、藍沢唯と八神斗真の決闘が決定した。あの時は既に授業時間を終えていたため、行われる時間は後ろ倒しとなり放課後となった。と言っても3時間後に開始だからそこまで大きな差はない。何か変わる点があるとしたらギャラリーの客層だろうか。


 先ほどは授業の最中に行われた模擬戦であったため同年代の限られた人しか見ることができなかった。けれど今回は学年を超えて見ることのできる模擬戦。しかも学園内でも中々知名度が高い八神君の試合だ。観にくる人はたくさんだろうし、ボクがボコボコにやられることを期待して興味本位でやってくる人もいるはずだ。

 こうして実際に考えてみたらかなりめんどくさい事態になったな。


「アンタ何してくれてるわけほんと」


 昼休み。頬杖をついて窓の向こうに広がる山々の景色を眺めていると、二人の女子生徒がボクの机に向けて近づいてきた。一人は声の主からして確実にクレアだけどあと1人は誰だろう。


「ねぇ!聞いてる!?」

「聞いてるよ。そんなに慌てなくて大丈夫だよクレア。死ぬことはないんだからさ」

「もはやそれすらも怪しい事態になってて笑えないんだけど‥‥」

  

 どうやら本気でボクのことを心配してくれているみたいだ。普段なら何かしら馬鹿にしたり、煽ってくる彼女だが今回ばかりはそうも平常でいられないらしい。


「ほら!ユッキーも何か言ってあげて!この馬鹿にキツイお灸を据えてあげて!」

「お灸ってなんそれ?てか私どっちかというと八神君推しだしさ。敵を応援したくないわ」


 当の本人が目の前にいるというのにすごいなこの人。というかこの人あれだ。学園内で結構有名になってる中宮さん。耳ピアスをつけた金髪ギャルって言ってたから間違い無いよね。


「はぁ!?なにそれ!!聞いてないんだけど!!それじゃあユイのこと応援してあげるの誰もいないじゃん!!」

  

 クレアもそっち側なの!?いや、別にボクを応援してくれるって確信があったわけじゃ無いけどさ!


「ていうか結果なんて目に見えてるじゃん?相手勇者の末裔っしょ?堀北もボコられたって聞いたし藍沢ちゃんが勝てるわけないって」

「あ、藍沢ちゃん?」


 話したことがないため恐る恐る気になった点を尋ねると、冷めたような口振りで理由を口にした。


「あーね。なんか藍沢ちゃんって小動物のメスみたいなイメージあんじゃん?だから”ちゃん”つけても良くね?みたいな?」


 何を言ってるかさっぱりわからない。けれどボクが限りなく弱いイメージを持たれていることはわかったよ。


「ねぇユイ。アンタ勝算はあるわけ?」


 おちゃらける中宮さんとは対照的に至って真面目で不安を表に見せてくるクレア。きっとボクが完膚なきまで打ちのめされて死にかけ寸前の未来を想像しているのだろう。


「勝算‥‥ってわけじゃないけど。勝つ方法は考えてあるよ」

「えぇ、ほんとに?一応聞くけどどんな方法?」


 その瞬間、三人の中だけではなくボクたちがいる教室全体の空気が静まり返った。理由は何となく想像がつく。これからボクが一体どんな馬鹿げた事を言うのか耳を澄まして聞いているんだ。


 当然、ボクは無知で命知らずな事を言うつもりはない。ただ対魔術師の試合をする上では欠かせない絶対条件をその場で口にしたのだった。



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