第7話 予言は正しい間違いない

 時は、魔王討伐の前日に遡る。


 幾万の魔物を従えし天魔六大将を掃討したボクたちは魔王城が構えるラストダンジョンの村にて疲労した体を宿にて癒していた。

 まだ見ぬ最強の敵、魔王ハデスが一体どれほどの敵なのか当時のボクたちは知る由もない。どれほどの死闘が待っているのか、欠けることなく王国に帰ることはできるのか、この時のボクはそんなネガティブな考えで頭の中が錯綜としていたと思う。


 このままのコンディションで明日を迎えるわけにはいかない。そんな抑えきれない負の衝動を抱えながら宿の近くの広場にて一人茫然と夜空を見上げていたことを今も鮮明に覚えている。そんな時だった、彼がボクにあの話をしたのは。


「こんなところにいては風邪を引いてしまうよユイ」


 そこには冒険用の鎧を脱いで宿の着物を着用したアスティの姿があった。仲間の感情を機微に感じ取り、すぐに行動に移してしまうところは流石の一言だ。


「よくボクがここにいるってわかったね。誰にも言ってなかったつもりなんだけどな」

「ミシェルに教えてもらったのさ。彼女はいつもキミを見ている」

「なにそのカミングアウト!!ボクってミシェルにストーカーされてたの!?」

「温泉に入ってる時から何やら考え事をしているようだと彼女は言っていたよ」


 もはやどこからツッコめばいいのか見失ってしまった。ボクにプライベートという人権はないのだろうか。


「別にミシェルが来てくれたってよかったのに」


 そんな何気なく思ったことをポツリと呟くと、アスティは聞いたことのないような大きなため息をその場で吐いた。


「魔王を攻略するよりもキミを攻略する方がよっぽど骨が折れそうだ」

「どういうこと?」


 鈍感を演じているわけではなく、本気で彼が何を言っているのかボクにはさっぱりわからなかった。そんな様子を見かねてかアスティは急に話の腰を折って、これからの未来について話し始めた。


 その内容はアスティの夢について。


 彼は冒険を始めら前から抱いていた夢があった。それは未来永劫に戦争のない平和な世界を実現すること。日本でもそのようなキャッチコピーはよく耳にしたけど、結局それはできたらいいなの想像で終わっていて確実に実現するべく舵を切った人類はいなかったと思う。


 戦争のない世界を実現する。口で言うには簡単だけど実際に実現するには二つの方法しかないとアスティはよく語っていた。一つは魔王のように世界を恐怖で支配することで戦うことを辞めさせること。確かにこれは効果的で戦う行為をした時点でその人は絶対王政のなの元に刑罰を受ける。

 けれどそれは平和とはかけ離れた世界であり、どちらかというと恐怖によって人類の意思を剥奪した束縛した世界になる。


 当然アスティがそんな世界を望むはずがなく、彼が現在進行で果たそうとしている計画が二つ目の方法になる。それは世界から戦う手段と目的を取り上げること。異世界では現実世界と違って全人類の共通の敵が存在する。それは見境なく人を殺す怪物、魔物を世に解き放った魔王ハデスである。奴を殺し魔物を全世界から駆逐することでこの世界から悪の因子を取り除けばこれ以上魔物が生まれることはない。

 

 そして、最終段階の仕上げとして魔法という概念をこの世界から消す。今までその具体的な方法をいくら尋ねてもアスティは口を硬く閉ざし真実を答えようとすることはなかったが魔王討伐戦の前に彼が話してくれた。


 それは莫大な魔力と生命力を持った人柱が必要だということ。


 人智を越え、世界そのものに干渉する魔法をこの世界では禁忌魔法と呼ぶ。アスティ・クラウンは自らが犠牲になることで己の夢を完遂しようとしているのだ。


「オレにとって明日はゴールじゃない。いっそ、明日を乗り越えることでようやくスタートラインに立てるんだ」


 力強く語るアスティは並々ならぬ思いがあるのか、珍しく熱い台詞を吐いた。それだけ実現したい夢だということだろう。

 ならば、彼の友人‥‥親友として出来ることはその背中を押してやることだろう。


「アスティなら出来るよ。魔王を倒したらボクも手伝うから」


 このあとの受け答えとして想像していたのはアスティが一言、”ありがとう”と感動の言葉を漏らして握手を交わす。そんな展開が待っていると思っていたのだがそれは大きな片思いだった。

 

「気持ちは嬉しいがキミには現実世界に戻ってやることがあるはずだ。必ずね」

「それいつも言うよね。ボクが現実世界に戻ってやることなんてないと思うけどな」

 

 どうせいつも通りの日常に戻るだけ。朝早く起きて学校に登校して、クレアに揶揄われながら授業を受けて、下校して軽くゲームしたら寝る。待っているのはそんな怠惰な日々だろう。と、この時のボクは確信めいた自信があった。


「あるはずさ。キミにしかできない、任せられないような大役がね」

「お、大袈裟だね。そんな大仕事がボクにあるかな」

「知っていると思うが権能のおかげでオレはかなりの確実で未来を当てられる。実際それに助けられたことは多かっただろう?」

「それはまぁ、確かにそうだけど」


 それでまだ半信半疑だった。この世界ならまだしも、比較的身体能力も学力も並大抵のボクに何が出来るのだろうって。いくらアスティの予言でも実感なんて湧くわけがなかった。


 




 けれど、まさかこんな形でボクに出番が回ってくるなんて思いもしなかった。


 いや、押し付けられたのか。


 何かとてつもない違和感と矛盾を感じる。


 果たして、あの人を倒すことは正解なのだろうか。


 魔力を持たないのボクが彼を蹂躙することが許されるのだろうか。


 けれどずっとさっきから“八神斗真を倒せ” と脳内がこの思考によって埋め尽くされている。


 何の恨みも理由もないのに。


 いや、もういい。考えることをやめよう。そうだ、アスティが言っていたのなら間違いない。


 そうしてボクは隣にいるクレアの制止を聞かず、反射的に舞台の階段を降りる八神の前に立ち塞がった。

 

 何も感じることのない真っ白な感情を抱きながら。


「ボクとも一戦お願いできないでしょうか」

 

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