第5話 実力者たち

 訓練室に入るとすぐさま目に入ったのは部屋の中央に構えられた巨大な舞台。その大きさは以前の日本でよく見られた一般的な体育館の半分ほどで、恐らく試験の際もこの舞台の上で行われるのだろう。

 そのためか、こちらのクラスでは各々の実力を伸ばす特訓ではなく生徒同士が魔法を繰り出しより実践的な訓練を行なっていた。


「期末試験では学年の全生徒が一対一の個人戦によって成績がつけられるわ。誰と戦うのかはランダムだったり指名制だったりと試験によって違うみたい」


 未だ全容がわからない期末試験だがどうやら全員が満点を取れる幸せなシステムではないらしい。要は実力者にはより上位の成績を取ってもらい、弱者は強者の成績を見極めるためのモルモットに過ぎないということか。


「このままじゃ確実に搾取される側だよねボク」


 立たされている現状は思っているより厳しいな。流石に退学とか留年とかは勘弁してほしいよ。

 

「そんな悲観することもないって。実際ユイみたいに人と比べて絶望してる人なんてたくさんいるんだからさ」

「それでも魔法が使えるだけまだマシだよ。ボクなんて今のところ攻撃手段が素手しかないんだから」


 そう言ってその場で軽くシャドーボクシングをして見せると思ったよりの好反応がクレアから返ってきた。


「やっぱり何か習い事始めてるでしょ。意外と様になってるのが面白くないもん」

「クレアにとってボクの立ち位置がすごく頼りない存在になってることはわかったよ‥‥」


 久しぶりの劣等感に思わず溜息をついていたその時、隣にいた見知らぬ女子生徒が急に特定の男子生徒の名前を叫び始めた。


「斗真さまぁぁあ!!!」

「付き合ってえええ!!」

「こっち向いてくださーい!!」


 先ほどまで緊張が走っていた室内がいつのまにかアイドルライブのような声援や拍手が飛び交う色づいた空間へと変貌した。

 クラス内のほぼ全員の女子が向ける視線の先には銀製の槍を背負い、いつしか見た甘いマスクのあの男の姿が壇上にあった。


「うっとしいねほんと。あのキザ男のどこがいいのよ」

「あれがアスティの子孫‥‥」

「正確には候補ね。あれが勇者の血を引いてるなんて想像できないし」

「前から気になってたけど候補ってどういうこと?」

「その話はまたあとでね。それより試合が始まるわ。アイツの試合なんて始まれば一瞬だから」


 クレアの言葉通り、試合の行方は10秒を経たずして終幕を迎えた。片手直剣使いの男子生徒が魔法を詠唱し発動するよりも早く斗真の槍より繰り出された風魔法が対象の相手を吹き飛ばし場外へと追い込んだ。


 そして試合が始まると同様の歓声を浴びながら彼は舞台を降りた。


「槍に風魔法を織り交ぜたオリジナルかな。それにしてもよくできてる」


 無意識に漏れた感想がクレアの耳に届くと感心するかのように彼女は小刻みに二回頷く。

 

「彼の名前は八神斗真。多分この学園の中じゃ二三年を含めても上位5%に入るほどの実力者よ。私も彼から一本とれたことなんてほんの数回しかないもの」

「そっか。やっぱりすごいんだね」


 実際に本心から思ったことなのだが、それを違和感と捉えたのか眉間に皺を寄せながら彼女はボクの顔を覗く。


「その割には驚いてるようには見えないんだけど?」


 そりゃね。だって実際あの人がアスティの子孫ならこの試合は———————


 彼女の抱いた疑問に対し自身だけで解決するべく心の中で答えを導き出そうとしたその時、思わぬ先客がボクの頭を何か固い物体で強く叩いた。


「驚き過ぎて声が出ねぇんだよな藍沢」


 聞き馴染みのある声。小馬鹿にするような発言。その二つがマッチする人物はこの学園において一人しかいない。


「堀北君‥‥どうしてここに?」


 同じクラスメイトにしてボクやクレアと同じ中学に通っていた幼馴染の堀北翔が自慢の暴力で挨拶してきた。


「あんなモブ連中と訓練したって意味がねぇってな。それよか少しでも潰しがいのある奴らを今のうちに見といたほうが面白れぇよ」

「それはそうね。けどアナタにこのクラスの二大巨塔が倒せるかしら。悪いけど実力は私と変わらないでしょ」


 威圧的な態度には威圧的な態度で返す。世界は変わってもクレアと堀北君の関係性は変わっていないらしい。


「テメェに聞いてねぇよ。電撃飛ばすしか脳の無いクレアこそ少しでも射程距離伸ばすなり努力しておいたほうがいいんじゃねぇの?横の金魚のフンと一緒にいたらその才能すら枯れるぜお前」


 誰が金魚のフンなのかは悲しいけどこの場合は一人しかいない。堀北君がボクを下に見るそれは魔法の有無に関係なく昔からこうだった。

 勉強、運動神経、細かな作業など苦労せずとも並大抵のことはやってのける彼に対してボクはというと全てが平均以下の成績。異世界に召喚される前のボクは自分に自信どころか何が得意で不得意なのかもわからない置き物のような存在だったから。


 それで言うと異世界召喚の出来事はやっぱりボクの人生において圧倒的プラスなんだろうな。


 今までなら折れていたその目が逞しくそれどころか自分を見通してくるような態度に、堀北は強い苛立ちを覚えると衝動に抗えずユイの襟元を掴もうとした。

 だがそれは突如として現れた一人の男によって阻止される。


「身分が低い者同士が争うのは結構だがここではやめてくれないだろうか。ここは魔術師たちが誇りを持って闘う聖域だ。本来ならば君が言うような金魚のフンが立ち寄ることも許されない場所なのだよ」


 堀北君の腕を掴んで見せたのは先ほど舞台で圧倒的な瞬殺劇を見せた当人、八神斗真だった。


「その手をどけろ殺すぞ」

「僕のような高貴な存在に触れられたんだ。感謝するのが下々がするべき反射的な礼儀ではないかな」

「急に出てきてなに強者風吹かせてんだおい。テメェが勇者の末裔だかなんだか知らねぇがここにいる以上立場もクソもねぇんだよ。オレたちは全員学園の生徒なんだからな」


 言葉遣いはアレだが至極真っ当なことを口にする堀北君にボクは意外感を覚える。というささっきボクに放った金魚のフン発言はすっかり忘れているらしい。


 矛盾してるよ堀北君‥‥


「ほぅ、僕も君も同じ生徒でそこに違いはないと?」

「そう言ってんだろうが。オレもテメェもまともに戦ったことなんざ一度もねぇんだ。入学当初の成績にいつまでもしがみついてんじゃねぇぞ次席さんよぉ!!」


 そう言って罵声を上げながら八神の太い腕を無理矢理引き剥がすと、ありったけの殺意が込められた眼光を彼に向けた。


「狂犬のようなその態度。これをボクらと同じだと言い張るのは流石に看過できないな」


 この先の流れは何となく予想がつく。異世界でもこう言ったことはよくあった。駆け出しの冒険者がベテラン冒険者に向かって小生意気な口を叩いた時とか、高額なクエストを他の冒険者から横取りされた時とか頻繁に発生する事案だ。


「舞台に上がれ堀北翔。君と僕の、魔術師としての格が違いを見せてやる」


 どうして人間という生き物は、こうも自らの強さを証明することで何事も解決できると思っているのだろうか。


 結果それをしたところで新たな憎しみや因縁しか生まないというのに。

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