第6話 マインド
八神の提案により実現した堀北との一騎打ち。二人の実力を詳しくは知らないが、その噂を聞きつけた他クラスの生徒たちが観客として舞台を囲うように集まり始めた。
女子による歓声は恐らく八神に、男子たちによる怒号のような応援は堀北に。舞台に立つ二人をそれぞれ支持している層がわかる光景だった。
「御託はいい。さっさと殺してやっからかかってこいや自称勇者サマよぉ」
「”自称”は余計かな。ボクは名実共に勇者の血を引いた英雄の子孫さ」
戦いは未だ始まる行方を知らず。
両腕に籠手を装備した堀北と己の身体よりも長い銀製の槍を構える八神。両者共に自分自身への矜持を守るため、あるいは誇示するための戦いが始まる。
「———————ッ‼︎」
合図なしに、双方は地面を同時に蹴り上げ、相手の武器目掛け攻撃を仕掛ける。金属同士による禍々しい衝突音が室内に響くと観客は思わず耳を塞いだ。
直近にいた二人も鼓膜が破れるような爆音に怯みかけるが、次の一手を繰り出すべく魔法の詠唱を始めた。
「母なる大地よ今一度我に力を与えたまえ、ガイアスヘイア!!」
堀北が唱えたのは特定の場所の地面を隆起させる土属性中級魔法。平坦なコンクリートより鋭利に尖った土の刃を突き出すと八神の懐を抉る————が、心臓に届く寸前で槍を持たない左手によって破壊すると刃は土片へとなり砕け散った。
「それなりに工夫できている。だが今の攻撃で仕留められないようでは僕に勝てないよ」
八神は、明らかに煽りを含めた口調で嘲笑うと右手に握られた凶刃を目の前の敵に向けて突き刺した。だが当然、堀北も攻撃が当たらない充分な距離を保持していたため槍の攻撃が直に当たることはなかった。しかし。
「これもッかよ」
事前にボクたちが見ていた八神斗真の魔法。恐らくそれに固有の名前はなく、彼オリジナルのものだろう。槍そのものに魔力を込められているため毎度攻撃をする度に風魔法の斬撃が射程を無視して飛んでくる。折角避けたとしても攻撃が飛んでくるのであれば対処のしようがない。結果、堀北のように注意していてもまともに斬撃を浴びてしまう。
苦痛に表情を歪ませながらも、堀北は激しい風圧に場外から身が放り出されないよう地面に指を食い込ませて耐え凌いだ。
「よく耐えたね。時間にして約30秒もボクと攻防できた君は頑張った方だと思うよ」
「なに勝ち誇ってんだテメェ。まだ勝負は終わってねぇだろ」
「終わりだよ。手加減したつもりだけど肋何本かいってるでしょ。期末試験も近いんだし早めに治療してもらうといい」
誰しもが白熱した激戦を期待していた。もしかしたらあの勇者の末裔を倒す生徒が同級生に現れるかもしれないと、男子は勿論女子も含めて僅かながら堀北の勝利を願う者もいただろう。
だが実際蓋を開けてみれば、待っていたのは1分にも満たない瞬殺劇。獰猛果敢に声を上げていた男は無様にも地を這い、意識だけ残して苦渋の表情を浮かべていた。
当然、期待していた面々は失望するが如く罵倒非難を飛ばし始める。
「アイツ結局なにがしたかったんだよ」
「威勢良く吠えて負けるとかダサすぎ」
「堀北君のこと前から気になってたけどなんか幻滅しちゃった」
「いい加減弁えろよな。お前と八神とじゃ才能が違うんだから」
「どんなに努力したって無駄なんだよ」
精神的に弱い人だったら落ち込む程度じゃ済まない罵詈雑言を堀北に向けて吐く観衆の生徒たち。ボクの隣にいるクレア以外、この場にいるほぼ全員が明確な悪意を持って言葉を放っている。
そんな酷く悪辣な状況の中、ボクはただ一人心の中で自問自答を繰り返していた。その辿り着いた答えは至って単純なもの。
人間の本質は異世界も現実も変わらない。圧倒的な強さを持つ人間が世界を支配し、回していくという当たり前の事実だった。こんな誰もが知っていることはボクが以前いた日本から変わっていない。
けれど、魔法という超常的な力を身につけたせいでより加速しているのは気のせいじゃない。異世界で自ら学んだこと、気づいたこと、そして仲間に教えられたこと。この世界でその正義が通用するかはわからない。けれどただのんびりと平和に過ごそうと思っていたこの学校生活でボクは明確な目標を見つけた。
「才能だけが肯定されて努力が否定される世界なんて間違ってるよね」
ボクのいた異世界がこの現実世界のはるか昔の過去だったとしたら、魔王を討伐して実現した戦いのない平和な世界が崩れてしまったということになる。
勇者アスティが封印したはずの魔法がこの世界では一般市民を含めて誰しもが使えるようになっている。
もし世界の均衡を崩した魔王レベルの犯罪者この世界にいるのだとしたら探して見つけて殺すしかない。
「ねぇアスティ。君が言っていたボクの現実世界での役割はこれだったんだね」
藍沢唯の瞳が妖しく紫色に染まると無意識的にボクは勇者の末裔、八神斗真の前に立ち塞がった。
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