第4話 ボクらの勇者
時間の概念はどの世界でも変わらないようで、こっちに帰還してから早くも1週間の月日が流れた。どうやら異世界で培った魔法や魔力が引き継がれることなく、ボクこと藍沢ユイは学園内における最弱の劣等生という不名誉な肩書きを背負わされていた。
どれだけこの脳に幾万の術式が刻まれていようともそれらを自在に操る圧倒的な魔力量を有していなければ意味がない。この魔法至上主義の世界で魔力ゼロは人権不適合と同義、それはこの学校でも変わらず魔法が扱えなければただの人間としても扱ってくれない。
つまり現状のボクは成績不振により進級することができるかという絶望の淵に立たされているんだ。ならばこれからどうするかは決まっている。
このゼロの状態をイチにすること。どんなに下手な魔法でも最低限扱えるようにすることだ。
「発熱魔法”ヒート”」
クレアに教えてもらった超初心者魔法の一つ。生まれたての赤子が無自覚に発動することの多い魔法で、どれだけ微力でも魔力が身に宿っていれば発動することができる。
異世界では100度を超える熱をこの手に従えるほどの魔力を有していたのだがどうやら本当に衰えたらしい。触ってみても発動しているのか、それとも体温なのか分からないくらいの温かさだ。
「やっぱりボクの体に魔力は宿っていない。これが現実なんだ」
期末試験に向けた魔法実技の授業の最中にボクは目の前の残酷な現実を痛感した。周りにいるクラスメイトは木製の的に向けて魔法を放つ命中率を上げる訓練や巨大な氷塊に己の炎魔法を繰り出し破壊する威力底上げの訓練など既に応用的な段階に入っており、スタートラインにすら立っていない自分とは魔法という才能において明確な天と地の差が生まれていた。
「みんなすごいな。異世界の住人達と比較しても十分実力者と呼べる人だらけだ。流石にアスティ達と比べたらかわいいけど」
部屋中を氷漬けにしたり、隕石を落としてくる人はいないようで一安心だ。流石に勇者一行を超える実力者はこの学校の中では見当たらない。まぁでも気になる人はいたけど。
いつしか会った白髪の美少女を思い返していると、背中に電撃が走ったような衝撃が走る。何かと思い振り返ってみると、そこにいたのはクレアだった。
「することがないんだったら私の特訓手伝ってよユイ」
「だからってボクに向かって魔法撃つのやめてよ!」
「あらごめんあそばせ?つい背中がガラ空きだったものだから」
電撃のような衝撃と例えたがどうやら本当に電撃だったらしく、ボクの運動着はチリチリと音を立てながら焦がされていた。
「帰ったら縫ってもらわないとじゃんこれ」
「ママに泣きつけばやってくれるんだ?」
「う、うるさいな。誰だっていいでしょ!」
ある家族の顔を脳裏に浮かべながら焼けた痕を確認すべく運動着を脱いだ。背中に穴が空いた服を着るのは恥ずかしい。
部屋の中は風魔法によって冷たい風が吹き抜けておりシャツ一枚では凍えそうだ。
「あれ?ユイって何かスポーツやってたっけ」
運動着を裏返して焼け痕を確認していると不意に彼女が尋ねてきた。
「何もやってないけど。というかクレアだって知ってるよね」
「それはそうだけどさ‥‥なんていうか昔と比べて筋肉ついてない?上腕の発達とか特にさ」
「えぇっとうん。気のせいじゃないかな」
妙に嫌なところに気づくよなクレアって。流石に異世界で魔法杖持ちすぎて筋肉ついたなんて言えないし。てか筋力パラメータは引き継がれて魔力はバックアップされてないなんて絶対ふざけてるよね神様って。
「ふーんそっか。まぁいいか!」
「そうそう。それでいったら前に会ったイケメン君の方が凄い筋肉してたよね」
「前に会ったイケメン君って‥‥あぁ斗真ね」
時間にして約5秒。顎に手を添えてその人物を探り当てると嫌な顔をして溜息をついた。
「アレは特別よ。勇者の末裔候補だし素の遺伝子が違うから」
自分への話題から反らせるため用意した発言が思わぬ展開を引き寄せた。クレアが放ったその言葉がボクの耳に届くとあらゆる筋肉が硬直したように固まる。
「勇者の末裔候補?」
「なんなら今から観に行こっか?ちょうど隣の訓練室でアイツのクラスが模擬戦してるだろうから」
「模擬戦?」
「そうそう。まぁ結果は目に見えてるけどね」
魔法も使えない自分が内心を下げるような真似をしてはいけないことはわかってる。けれどあのアスティの子孫が隣の部屋にいる。そんなことを聞かされたら黙っていられるわけがなかった。こうしてボクたちは自分たちのクラスを担当している教官の目を盗んで部屋を抜け出すと、勇者の末裔がいる訓練室へと向かった。
◇◆◇
隣の部屋に向かう途中、異世界における最強。アスティ・クラウンという存在を改めて追憶の過去より振り返っていた。
魔王を討伐した際王国に帰還したボクたちは皆平等に祝われた。そして王も民もパーティの内誰かが欠けていたらハデスを倒せなかっただろうと語る人は多かった。
けれど真実は違う。魔王と対峙した時にアスティ以外の勇者一行が抱いた見解は皆同じく一つだった。
“この戦い、アスティ一人で充分だろう”
そんな疑問を抱えながらボクたちは魔王に向けて魔法を放ち、仲間を癒し、そして遂には念願だった魔王を討伐した。
絶対的強者、規格外すぎる魔力、両雄が並び立つことのなかったあの世界で勇者アスティはボクらにとって魔王よりも魔王だった。
そして、その化け物の子孫がこの学園にいる。もしそうなら一体どんなことになっているのか。確かめずにはいられない。
高鳴る胸の衝動を抑えながらその人物が待つ扉をゆっくりと開けた。
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