第3話 懐かしい情景
幼馴染のクレアに手を引かれ連れてこられたのは魔法部活棟と書かれた計39の部活動が活動している超巨大アリーナだった。
昔はバスケットゴールが四つしかないごくごく普通の一般的な体育館だったのが、入り口から見て最奥のステージがボヤけて見えるほどの規格外の広さを持った異次元空間へと成り果てていた。
「どうなってるのこれ。もう体育館とは呼べないよね」
「いつの時代の話をしているのよ。魔法を使わないスポーツはグラウンドでいいけど魔法を併用したスポーツや模擬戦を行う部活動にはこれくらいの部屋がないと危険だもの」
「室内での魔法発動は逆にリスクない?火属性系統だったら一酸化炭素中毒とか怖いし」
「その点は空気を解毒する魔法が常時発動しているから問題ないわよ。それと各部活ごとにスペースが割り振られていて境界線に空気が圧縮されて作られたバリアが貼られているから二次被害の危険もないの」
そんな取って付けたような魔法があっていいのだろうか。これが現実と異世界の違いなのか魔法に関するルールが色々と曖昧な気がする。
「まぁ使用している人が全員部活に入っている人ってわけじゃないけどね。ほら、あそこにいる女の子わかる?中宮千夏って言うんだけど」
彼女が指差したその先にいたのは同じクラスで見たことがある金髪の女子生徒だった。流石に名前まではわからないけど。
「試験が近いうちはここを借りて特訓する子もいるわね。学科より魔法実技の方が得点配分が高いわけだし」
「そこなんだけど一つ質問があるんだ」
「ん、なに?」
この学校で生活してまだそんなに時間は立っていない。けれど一番最初に湧き出た疑問点。いい機会だと判断したボクはそれを解消するべく彼女に質問をする。
「ここの学校にいる生徒は何のために魔法を学ぶの?」
異世界では冒険者以外でも魔法を学ぶ明確な目標があった。それは生きるためだ。魔物や魔族、人間でも盗賊や海賊、ましてや魔王がいたあの世界で自分の身を守る手段がない人は誰よりも最初に死ぬ。それが異世界にとって無変のルールで、誰もがそれを当たり前だとして生きている。
ではこの世界はどうだ。ボクが知っている日本なら魔法を攻撃的な手段で扱うために鍛錬をするなんていう行為は必要ない。もしそれが肯定される世界ならばあの世界のように魔物や魔王がいるのかもしれない。ボクが帰還した世界は一体なんなのか、その全てが解消されるとそう確信して口にした質問だった。
思考に思考を重ねた問いかけ。心臓の鼓動を鳴らしながら回答を待つボクとは裏腹に彼女が用意したその答えは至ってあっさりしたものだった。
「そんなの知らない。てか人それぞれなんじゃない?」
「え?」
深く考えることもなく彼女はいつもの日常生活で起きる会話のように答えた。
「将来の夢のためとか、いい大学にはいるためとか、取り敢えず強ければかっこいいからとか人それぞれ。少なくとも魔法は車とか飛行機とか動かすための大切なエネルギー源だし、鍛えとけば将来有望じゃんってくらいしかみんな考えてないと思う」
少なくとも世界が危機にあるから魔法の鍛錬を積んでいるってわけじゃないのか。
殺伐したあの世界のように戦争紛いなことは起きていないことに対し安堵すると、それと同時にこの世界における魔法の意義を確信した。ボクの住んでいた現実世界の日本では圧倒的に学歴によってキャリアが定まっていた。でもこの世界ではそれが学力ではなくて魔法という新たな概念にすり替わったということ。確かに医者の数時間の手術よりも、圧倒的な魔力量と詠唱技術があれば生物の蘇生すら成し遂げてしまう治癒魔法の方が価値は高い。
ようやく理解した。さっきのイケメンから受けた魔法を持たざる者に対する冷遇といい、どうやらボクが帰還してきたこの世界は超がつくほどの魔法至上主義の世界らしい。
「アスティ。もしかしたらボクも君も、この世界で生きていたのかもしれない」
歴史の授業で出てきたアスティの件。これに関しては嫌でも予想がつく展開だがそれは後回しだ。とりあえず今はこの異世界に順応する必要がある。もちろん、生き残るために。
「何一人でぶつぶつ言ってるの。キモイよ?」
「うっ‥‥いいでしょ別に。というかさっきから気になってるアレはなに。他の部活と比べて随分煙が立ってるけど避難訓練でもしてるの?」
体育館の中央付近のそこだけ妙に殺気が立っており、何やら物騒な格好をした生徒が集まっていた。
「アレが噂の魔法部だね。魔力共に選りすぐりのスキルを持った生徒が多く配属していて、本気で魔術師の頂点を取ろうとしてる連中の集まりよ」
「魔術師の頂点?」
本来ならむず痒くなりそうな厨二発言なのに、180度価値観が変貌してしまったこの世界では当たり前のように平然とそれを言葉にしている。こういうのにも慣れていかなくちゃいけないのか。
「毎年夏と冬の2回に分けて行われる全国魔術師選抜大会。腕に覚えのある魔術師が日本全国で競い合いその年の最強魔術師を決めるの」
「そんなすごい肩書きをもらったところで何かいいことがあるの?」
「トップの称号を得られた魔術師は大学の進学先も就職先も思うがまま。勝ち組の人生が約束されるからみんな血眼になってあんな感じで特訓してるのよ。別にほどほどの人生を歩めればいいのにね」
流石魔法至上主義の世界だな。確かにそんな大会を開けば魔術師の向上心が煽られるのも無理はない。そんな客観的な意見を脳内で唱えていると背後から来訪者を知らせる足音が軽快に鳴り始めた。帰還してまもないボクが振り返ったところで盛り上がるような世間話をすることなど到底できるはずもないため、首を曲げながら軽く視線を飛ばすことにした。
しかし、そこにいたのは決して他人などではなく。先ほどボクを罵り、憐れんだイケメン男子と美少女が嫌な存在感を放ちながら立っていた。
「クレア?そこで何をしているんだい。練習の開始時間はとっくに過ぎているはずだ」
視界に入っているはずのボクを無視して彼女のみに話しかける嫌味なイケメン。鼻で笑うなり、罵るなりする方がまだマシなものを的確に苛立ちを抱かせる才能はピカイチらしい。
「今日は特訓対象の日じゃないから少し遅れて参加するわ。今は幼馴染と学校の部活見学してるからさ」
「見学か。怠けるのは勝手だがあまり時間を無駄にしていると僕たちとの差は埋まらないよ?クレアは才能はあるんだから是非とも頑張って欲しいんだけどね」
「相変わらずのナチュラル上から目線ありがと斗真。でも大丈夫だから自分のことは自分で決めるし」
クレアの言葉を聞くと斗真は不敵な笑みを浮かべながらボクたちの間をわざと通り抜けるようにして体育館へと足を踏み入れた。相変わらず人形のような可愛らしい風貌の少女は特に目立った反応を示すことなく、一度小さく頭を下げるとあの男に続いてその場を去った。
目立たずともどこか目を離せない儚げな少女。その面影にどこかボクは懐かしさを感じていると、横で立つクレアに思いっきり頬をつねられた。
「痛ったいな!!なんだよクレア!!」
「別に?やっぱユイもお淑やかで華のある女の子が好きなんだなって思っただけだし」
それがどうして暴力に繋がるのか色々とツッコミたい要素はてんこもりだが、彼女の怒りを抑えてもらうためにも取り敢えずボクは自分の感じたことを正直に彼女に明かした。
「懐かしいってあの子と会ったことがあるってこと?」
「いや、そんなはずはないんだけどな。でもやっぱり見たことがある‥‥そんな感じの雰囲気なんだ」
遠くなっていく彼女の背中姿を見つめながらボクはポツリと呟いた。
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