第2話 憧れたっていいじゃない
どうもこんにちは!魔法もスキルも持っていない学園最弱のレッテルを貼られた男、藍沢唯です。
いやいやまさか本当に何も引き継がれずゼロから始める学園生活を送ることになるとは夢にも思いませんでしたよ。これがラノベやアニメならチートかまして女の子にモテたりそんな理想的な人生を歩めるんだろうけど。現実そんな楽じゃないってことですかね。見てくださいほら、廊下を一人歩くボクを見て哀れみを含んだ視線を向けてくる女子たち、聞こえる声で揶揄ってくる男子たち。数年振りに帰還してきた勇者一行のメンバーにする仕打ちじゃないですよ。
これでもあっちじゃいくつも可愛い町娘や貴族のお嬢様にお見合い話をいただいたんですからね!
と、まぁ悲しくも虚しくも一人過去の栄光に縋りながら廊下を歩くボクは次の授業が開かれる教室に移動していた。辛い出来事がある度に昔の仲間の顔を思い出すことでようやく精神を安定させている。
それにしても現実問題厳し過ぎないだろうか。今まで培ってきた経験はともかく魔法やスキルまでもが無に帰るなんて。ここが昔の日本からまだしも変わり果てた異世界に変貌しているのだから多少なり帰還ボーナス的な色をつけてくれたっていいのではないだろうか。どうして藍沢唯だけ環境に順応せず魔法が使えない一般人のままなのか説明を願いたい。
「あっ」
「ん?」
このまま最弱のままボクは死ぬんだろうな。そんな絶望的な未来を見据えながらトボトボ歩いていると、曲がり角を曲がった先で見知らぬ女子生徒とぶつかった。
「ごめんなさい。大丈夫?」
尻餅をついた彼女をを起こそうとしたその時、背後にいた何者かによって差し伸べた右手が払われる。空音を立てながら勢いよく弾かれたため若干の苛立ちを込めながら振り返ると、そこにいたのはボクよりもおよそ15cmは高いであろう絵に描いたようなイケメンがこちらを見下ろして睨みつけていた。
「な、なに?」
「彼女に触るな下等。謝罪したならばさっさとこの場を去るといい」
怯えているのか無意識に声を震わせながらそう問いかけると、男子生徒は強く堂々とした態度でボクを罵る。
「か、下等って‥‥」
思いもよらない罵倒を浴びせられ、苦笑いするしかないボクを前にイケメンは小さく鼻で笑った。
「行くよサナ。こんな奴に構っていたら授業に遅れてしまう」
「承知しています。けれど八神さんは先に教室へ向かってください。私も後から行きますので」
「なら先に行くけどあまりそれに構うのはおすすめしない。君という可憐な花が雑草に穢されるなんてあっていいことではないからね」
歯止めの効かないありったけの暴言をボクに向けて吐くと名前も存ぜぬそのイケメンは周囲の女子から黄色い声を浴びながら去って行った。
「あまり彼の言ったことを気にしないでくださいね。当たり前ですが人間の価値は魔法の才能で全てが決まるわけじゃないですから」
ボクに向けていったのか、それとも周囲にいる野次馬生徒に行ったのかわからない。不思議なことに彼女の瞳の焦点がこちらに合っていなかったような気がしたから。けれど一つだけわかることは対して彼女が自身の言った台詞に対してそこまで強い思い入れがなかったことだろう。
簡単に言えばこの場を収めるための常套句。ボクに対しても、魔法実力主義を容認している学園に対しても角が立たない最善の答えを口にしたようにしか見えない。そんなおっとりしているようでどこか強か。そんな性格の女性をよく知っている。
「では私はこれにて。中間試験も近いですしお互いに精進していきましょう」
天使のような優しい微笑みを向けられ思わず視線を晒してしまった。やがて彼女がボクのもとより去ると集まっていた生徒たちも相変わらずの蔑視は解くことなく、各自次の授業が行われる教室へと向かった。
◇◆◇
時刻は放課後。部活に入る生徒がグラウンドや体育館に集まり青春に身を焦がしている。剣と魔法が追加されたこの世界でも昔のように部活動という概念は存在するらしく、異世界のようにギルドや魔物が存在することはなかった。流石にそこまで現実離れしたイレギュラーに取り憑かれているわけではなかったためその点は安心できた。
今までこれといったスポーツも習い事もしてこなかっんだ。高校くらい何かの部活に入って青春したい。そう思い部活動紹介パンフレットを職員室前にある資料コーナーから取ってきた。
「サッカー、野球、テニスここまではメジャーだな。でもマジックスポーツってなんだろう?」
夕陽が差し込む教室に一人席に座って入学当時に配られた”入学のしおり”を読み漁る男。当然周囲からは不審がられて近づいてくる者などいないだろう。本当はこういう時、誰かの意見を聞いて参考にしたいのもあるのだが同性の友達という友達がいないボクにとっては死活問題だ。けれど、そんな根暗な男子生徒が座る席に一人の女子生徒が軽い足取りで近づいてきた。
「それ入学式に配られたやつじゃん。なんで今更読んでるわけ?」
異世界に召喚されるより前から付き合いのある幼馴染の小豆クレアが読んでいたパンフレットを強引に取り上げると怪訝な表情を浮かべ疑問を口にした。
「べ、別にいいでしょボクが何見たって!」
「まぁそうね、ユイが入るなら〜あ、衣装同好会なんかどうよ!アンタ中性的な顔してるんだし案外お姫様とか似合うんじゃない?」
「クレアはボクのことをなんだと思ってるの!」
「まぁ落ち着きなさんなって。これでも飲んでさ」
そう言って机に置いてきたのは一階の自販機で買ってきたであろうアイスココアだった。
「これ好きでしょ?」
「まぁ、好きだけど」
「昔から甘いもの好きだもんね」
今にして思えばまともに女の子と話す経験は異世界を除けばクレアしかない。そのせいで異世界では現実で鍛えられたツッコミを披露することになり、いつのまにか勇者一行のヒーラー兼ツッコミ担当という不名誉な肩書きがつけられたな。
「それで?どっかの部活動にでも入るつもりなの?」
缶ココアを飲み干した彼女が興味なさげに尋ねてきた。
「うん。どこか面白そうなところないかなって」
「ふーん、なんか意外よね。昨日までとは別人みたい」
「昨日のボク?」
「だってそうでしょ。アニメだかよくわからない女の子が表紙になった小説を教室の隅でひっそりと読んでた根暗オタクがいきなりアクティブなことしようとしてんだから」
性格が根暗なことを否定しないがそこまで目立っていたのだろうか。といっても異世界から帰還したばかりでそんな直近に感じられないんだけどな。あっちで過ごした年月を含めて換算すれば約6年前の話なんだから。
「高校生なんだから部活に興味沸くのは普通だよ。特にこれとか面白そうだなって思ってたところだし」
彼女から取り上げられてそのまま開かれたページから適当に部活名が書かれたところを指さすと書かれた名前を読み上げた。
「魔法部って、えっとなにそれ?」
さっきも目にしたその名だが流石に心当たる知識は持っていなかったため反射的に彼女の顔を見上げる。
「それが面白そうとか言ってなかった?」
「無知なものでごめんなさい」
小さな額を片手で抑えるとクレアはわざとらしくボクの前で溜め息を吐いた。
すると、「仕方ないな」とだけ言い捨てて机の上に開かれたパンフレットを閉じると何も言わずに教室の出口へと向かった。
「どこ行くの?」
「入学して半年も経ってんのに未だ学校を知らないアンタをこのクレア様がエスコートしてあげるって言ってんの。着いてきなさい新人君」
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