第1話 転落人生

 召喚魔法を応用した帰還魔法。これは勇者パーティの一人、魔法使いヒナ・フレスベルグが編み出した神聖魔法だ。一般魔法を扱う際の魔力の流れが正とするならば、帰還魔法に込められる魔力の流れはその反対の負のものになる。と、帰還する前にそれらしい説明を受けたのだが結局のところよく仕組みは理解できなかった。”ビュン”とか”ドカン”など彼女が得意とするオノマトペ乱用言語のせいでボクを含めたパーティの全員が頭を悩ませた。


 最終的には使用する術者と魔力量と受ける本人の精神力が飛び抜けていればノーリスクで発動できるという話でまとまった。世界最高の魔法使いが無事の太鼓判を押してくれるのならとボクは躊躇うことなく彼女に身を委ねることにした。


 はてさて藍沢唯は無事に現実へと帰還できたのだろうか。王城の神聖な空間からガヤガヤと騒がしい場所に間違いなく移動したことを自覚すると、若干の不安を抱きながらゆっくりと瞼を開ける。


「それじゃあ次は藍沢!この問題を解いてみろ!」


 黒板に教壇。そんな懐かしいモノが視界に入ると、ボクは一息の溜め息と共に安堵の言葉を口にした。


「そういう感じね」


 どうやら無事に彼女の魔法は発動したらしい。それを証明するように名指しでボクを呼び、黒板に書かれた問題を解かせようとする歴史教師の姿があった。


 たしか歴史の授業を受けていたら頭上に意味不明の魔法陣が現れて異世界に飛ばされたんだっけ。召喚されてからこっちの世界の時間は止まったままなのかな。

 

「おいおい、お前はこんな問題も解けないのか?」


 帰還したことに感動していると、強い煽りを感じる先生の言葉がボクに向けて放たれた。


「勘弁してくれよ藍沢。こんなこと小学生だって知ってるぞ?なぁみんな!?」


 小馬鹿にしたような態度でボクを見て鼻で笑うと、先生はクラスメイトに同調を呼びかけるように声を張り上げた。


 それにしたって言い過ぎだ。高校の歴史科目が小学生にわかる?もしそうだとしてもそんなメジャーな問題をボクが知らないわけがない。


 クスクスとクラスメイトの笑い声が聞こえる中、ボクは小さく溜息を吐いて黒板に書かれた問題を目にした。


 “魔王ハデスを討伐した勇者の名を答えなさい”


「‥‥‥‥は?」


 その文字列を見た時、頭の中は真っ白になった。目の前で嘲笑っている先生への憤りも、帰還が成功したことに対する感動も。感情の全てが一瞬にして無に還った。 

 頭に残るのは苦楽を共にした親友だけ。だけどその名を口にした瞬間、ボクにとってのこの世界が変貌してしまうと思わざるを得なかった。そんな正体不明の恐怖に慄きながら、ゆっくりとボクは口を開く。


「‥‥アスティ・クラウン」


 この瞬間、ボクにとっての現実世界が常識の通用しない異世界に変わったんだ。



◇◆◇


 異世界から帰還してわかった衝撃的な事実。それはこの世界がボクの知っている現実世界とはかけ離れた剣と魔法の世界に変わってしまっていたことだ。

 車は空を飛ぶし指先から火を灯す連中もいる。どれも以前の日本が誇っていた科学技術では成し得ない超常的な光景だった。


 ボクが通っていたこの学校、千鳥山高校でもそうだ。国語や体育、家庭科の他にも実践的な訓練が施されている。ちょうど今、5時間目の授業で行われている魔法・スキル開花訓練ではクラスメイトそれぞれが自身の能力やステータスに磨きをかけるべく研鑽に励んでいた。


「藍沢、お前も何かやりたいことはないのか?」


 体育館のど真ん中で茫然と立ち尽くしていると、担当の教官が不意に肩を掴んできた。


「そうですね。ボクは何をしたらいいんでしょうか」

「質問したのはこっちなんだがな」


 適当な返事を返したボクに呆れると、教官は左手に握られたタブレットを起動させた。


「仕方ない。今からお前にピッタリのメニューを組んでやる」

「あ、ありがとうございます先生」


 そう言って教官は電子パネルでボクの詳細が記載された学生名簿を開いた。

 

「藍沢、藍沢、藍沢唯‥‥お、あったぞ」


 この世界のことは勿論だが、とりあえず今は自分が立たされた現状を理解すべきだ。魔法やスキルといった概念がなかった以前の世界と違ってここでは誰しもが平然と恥ずかしげもなく魔法を詠唱し発動させる。

 周りのクラスメイト連中が”聖なる炎を我が手に”などと口にしている時点でもはや羞恥の基準自体が昔と比べてアップデートされているだろうな。

 まぁ変わってしまったものは仕方がない。とりあえず異世界に召喚されたあの時と同じようにこの環境に順応するんだ。他のことはとりあえず後回しにしよう。


「藍沢お前‥‥いや、そんなはずは」


 先ほどからタブレットのパネルを凝視して微動だにしていなかった教官がようやく口を開いた。しかし待ちかねていたその一声は不穏の匂いが強く嫌な予感を感じさせた。


「こ、これは一体どういうことなんだ!?藍沢!!」


 激しい動揺を見せながらボクの眼前に突き出したのは先ほどまで教官が閲覧していたタブレット。そのパネルに表示されていたのは勿論ボクに関しての項目で、肝心な中身の内容は教官が取り乱す理由がわかるほどの衝撃的なものだった。


 生徒No.000635 藍沢 唯 

 総魔力量 0

固有魔法属性 なし

 スキル なし

 格闘技術 E

 武具操術 E


 総合評価 E


 

 あの日、異世界に召喚されたボクはチートの魔力量と神聖魔術の使い手として魔王討伐に大きく期待された。それこそ勇者一行の一人として名を馳せるほどに。


 だからこそ、こんなパターンがあるなんて一体誰が想像つくだろうか。


 異世界から帰還したら現実世界における人権不適合者と呼ばれるほどの最弱者になるなんて。

 

「ははは‥‥笑ってくださいよ教官」


 


 

 

 

 

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