異世界から現実に帰還したら勇者一行の子孫達が無双していました

タルタルハムスター

プロローグ

 魔王ハデス討伐。この祝電が世界に知れ渡ったのは勇者がハデスの首を刎ねてすぐのこと。最初は旅人の服とこんぼうしか持たせてくれなかった王も魔王城から帰還した途端に祝砲をあげてくれた。ほんとうに都合がいい王様だ。


 まぁでも料理は本当においしかった。普段は食べられない火竜の丸焼きに、南国で取れたフルーツの山盛りは特に美味しかった。戦士のゴーケンなんかボクらの分も考えずテーブルに置かれた皿全て平らげるんだからほんと笑った。


 下品な食べ方をするゴーケンに注意する魔法使いのヒナも、ボクに料理を取り分けてくれる僧侶のミシェルの姿も今日が最後になるって考えたら少しだけ寂しい。


 いや違うな。結構寂しいぞ。


 ボクは日本から召喚されたチート持ちの賢者だ。脅されるみたいな形で国王に呼び出すと魔王討伐を条件に現実の帰還を約束してくれた。

 そして彼の希望に沿う形で魔王を討伐したボクは明日現実に帰る。


 寿司屋に行きたい、ラーメン食べたい、ゲームしたいなどと一刻も早く現実に帰りたがっていたボクが帰る間際になって今更帰りたくなくなってきている。


「もう少しだけ残ろうかな」 

「それはダメだよ。ユイ」


 胸に溢れた寂しさを言葉にしたその時、聞き馴染みのある仲間の声がボクの考えを否定する。王城のバルコニーで呟いた弱音はいつのまにか背後にいた男、勇者アスティの耳元へ届いてしまった。

 

「魔王が倒されしこの世界で君の役目は果たされた。違うかい?」

「アスティボクはこの世界に———————」


 紡ぎかけた言葉を遮るように、アスティはボクの声を掻き消した。


「ユイ・アイザワを求める者が向こうの世界にもいるはずだ。それに家族や友人と再会したいとは思わないのかい?」


 艶やかな赤髪の、深い真紅の瞳を持った彼はいつだってその場における最適解を導き出す。それは勇者としての務めだからか、それとも性故なのか。結局アスティの全てを知ることは冒険の中でできなかった。


 けれど一つだけ分かったことがある。勇者アスティは常に正しい。今まで間違ったことを言ったことがない。

 つまり現実世界にボクを求める人がいるということ。それが本当ならボクがすべきことはただ一つだ。


「いつのまにか弱気になってたみたいだ。アスティ、ボクは現実に帰るよ」

「あぁ、だが帰る時は伝えて欲しい。大切な仲間に黙って去られたんじゃ流石のボクたちにも応えるものがあるからね」


 感動的な仲間たちとの別れ。そんな熱いイベントが起きることはなく、ボクの現実帰還は非常にあっさりとしたものになった。冷酷で何者にも興味を示さないアスティはともかく、戦士のゴーケンや魔法使いのヒナ、何より僧侶のミシェルが瞳に涙を浮かべてくれたのはかなり嬉しかった。


 帰還間際にアスティが一言何か言っていたけどその真意を最後までボクは汲み取れず、意識は召喚魔法の光と共に沈んでいった。


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