第5話 光明院しぐれ
「……あの、どうかしましたか? シロの顔に、何か付いてますか?」
「あ……あのね。変なこと言うかもだけど、笑わないで聞いて……くれるかな」
「はい! シロになんでもお話しください!」
屈託のない笑顔を向けられ、楓華は逆に尻込みしてしまった。
しかし、ここで言わなければ何も変わらない。大きく深呼吸して、息を整える。
「私、前の学校も中学も、ずっと一人だった。母さんは環境を変えたらって言ったけど、私は……私が変わらなきゃダメだって。ちゃんと自分を出さなきゃって……そう思ったの」
真剣な眼差しで聞き入るシロに、楓華は手を差し伸べた。
ここから変えていこう。シロとなら、それが出来る気がする──
「……シロ。私ね、シロと……と。ともだ……」
「シロ。お前は言いつけひとつも守れないのかしら?」
楓華の言葉に被せるようにして、いやによく通る声が廊下に響き渡った。
シロは肩をびくりと震わせる。声の方を振り返り、『彼女』の存在を認めた途端、シロの顔は一気に青くなった。
「ひゃうぅっ!? こ、こここ、ここ光明院さまぁ!?」
「あまりに戻ってこないから探しに来てみれば……使えないのね」
いつものように取り巻きに囲まれて、光明院しぐれがシロを冷たく睨む。
光明院家の娘であり、楓華達のクラスの絶対的支配者。
その自信に満ちた立ち振る舞いに、楓華も憧れを感じずにはいられなかったが、それ以上に近寄りがたさも感じていた。
「し、シロは……今、露木さまをお連れしようと……」
「ずいぶん悠長な仕事ぶりね? とても楽しそうにお喋りして見えたけれど、わたくしの見間違いかしら」
「もっ、申し訳ありませんでしたぁ!」
有無を言わさぬ詰問。シロは堪らず、額を擦り付けんばかりに土下座した。
それには眉ひとつ動かさず、しぐれは腕組みしたまま言い放つ。
「まったく、とんだダメ犬だこと。これは後で『しつけ』が必要ですわね」
「ひぅ……! こ、光明院さま、どうかそれだけはご勘弁をぉ……!」
「うるさいわね。犬のくせに、主人に指図するつもりなの?」
クラスメイトを『犬』と呼び、『しつけ』と称して魔法の実験台にする。そんな非道が、魔女社会においてはごく当然のように行われている。
しぐれの取り巻き達も、クスクスと声を押し殺しながら笑っていた。この残酷な催しを、心底楽しんでいるのだろう。
楓華は、シロとしぐれの間に割って入った。葛藤はあったが、シロと友達になるためには、黙って見ているわけにはいかない。
「光明院さん、やめて。シロを……犬呼ばわり、しないで」
躊躇いがちに呟いた言葉は蚊の鳴くような声だったが、しぐれはしっかりと楓華の存在を認識した。
光明院しぐれにとってみれば、楓華は学園屈指のエリートであり、競い高め合うに相応しい相手なのだ。
「あら、これは露木さんごきげんよう」
先程まで相手にしていたシロなど、既に思考の外。しぐれの瞳は真っ直ぐに楓華へ向けられ、その奥では対抗心の炎が燃え盛っていた。
「今日こそこの光明院しぐれと、どちらが優れた魔女なのか、ハッキリさせますわよ!」
「……あの、光明院さん。何度も言ってるけど、貴女と張り合うつもりはないの」
そうはいきませんわ、としぐれは首を大きく横に振る。
「編入試験でちょっと良い成績だったからって、この光明院しぐれに勝った気になるのは早くってよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「確かに魔力の量は、貴女の方が優れているかもしれませんけど? わたくしには光明院家の十八番、設置型魔法がありますのよ!」
「だからそういう話じゃなくて」
「あーっ! 貴女、今呆れたでしょ! この光明院しぐれを、めんどくさいとか、くだらないとか、そんな風に思ったのでしょう!? 弁解の余地はありませんわ!」
ダメだ。しぐれは捲し立てるように次々と思ったままを口にしている。楓華がそれを処理して言葉を返す頃には、しぐれの発言は次に進んでおり、二人の会話が噛み合うことは永久にないだろう。
めんどくさいなどとは微塵も思っていなかったのに、こうも噛み合わないと流石に面倒にもなってくる。楓華は密かに溜息を吐いた。
「……とにかく。貴女とは戦わないし、シロを犬みたいに扱うのもやめてほしいの」
「……ふん。『犬みたいに』、ねえ?」
しぐれは小馬鹿にしたように笑うと、シロの顎をクイと引き上げる。
シロは青い顔をしたまま、されるがままに顔を上げた。
「露木さんはおかしなことを言いますのね。魔法の扱いもへたっぴの、ただのダメ犬でしょうに」
犬を犬扱いして何が悪いの、とでも言いたげだ。
それでも楓華は、大事な『友達』が馬鹿にされるのを涼しい顔で見ていられるほど、『ノロマ』でいることを甘受できはしなかった。
ツユキフーカは魔女見習い chocopoppo @chocopoppo
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