第4話 ともだち
「え……っと」
凍り付いた間に耐えかねて、シロは何とか言葉をかけようとする。
無理もない。あんなに尊敬の念を向けていた相手が、自分以上の『落ちこぼれ』だと知ったのだから。
「露木さま、は……この学園が、魔女の学校だとご存知なかったのですか……?」
「……うん」力なく頷く楓華。
「じゃあ、自主練の時間に決まっていなくなるのは……」
「魔法が使えないから」
「で、でも! 露木さまは編入試験で、並外れた魔力の持ち主だと言われました! その露木さまが、そんなはずは……」
「勿論、私だって教えられたとおりにやってみようとはしたよ。でもダメだった。マハトもハイスも使えなかったの。ちっとも」
『マハト』と『ハイス』。
物体や空間の外側から力を加えるマハトと、逆に内側から影響を与えるハイス。
多種多様な魔法の根幹部分に欠かせない要素であり、『基礎4種』と呼ばれる魔法原理のうち2つに該当する。
その名の通り、基礎の基礎にあたる魔法だ。これらを満足に扱えない魔女は、まずお目にかかることはない。
逆説的に、楓華が魔女とすら呼べない『落ちこぼれ』であることを証明してしまう。
「……だからさ。私はシロが言うような、『すごい魔女』なんかじゃないよ」
騙してたみたいで、ごめん。がっかりしたよね。
楓華はそう付け加えた。シロの顔を見る勇気は、やはり無い。
「……ど。どうしてそんな大事なことを、シロに話してくれるのです?」
「なんで……かな。なんとなく、シロに聞いてほしいと思って……どうせいつかバレることなら、シロになら、良いかなって」
シロとこれだけ会話を交わしたのは、これが初めてだ。
よく知っているわけでもないのに、どうしてこんなに心を許せるのか不思議だった。
「つ……露木さまが、そこまでシロのことを信用してくださってるとは……!」
「えっ?」
「シロは感激しました! 露木さまの秘密、シロは決して口外いたしません!」
感極まって大声で叫ぶシロに驚いて、楓華はようやく顔を上げる。
信用している、とも少し違うのだが……別に秘密を共有する目的で話したわけではない。
それでも、シロの気持ちはとても嬉しく、心に染みた。
「……でも、露木さま。そんなに重く考えることないと、シロは思うのです」
楓華の手を握って、優しく微笑みかける。
「露木さまに素質があることは、編入試験で既に証明されてますから! きっと、今はコツが掴めてないだけなのです。頑張れば必ず使えるようになりますとも!」
「……そんな風に考えたこと、なかった」
自分が、魔法を使えるように。
そうなれば、どんなに良いことだろう。特に優秀じゃなくても良い。シロよりヘタクソでも全然良い。
隠し事をして、後ろめたい気持ちでいるのはもうたくさんだ。
「それに……お母さまは法紅陵学園を知っていたのでしょう? であれば、お母さまも露木さまの素質を分かってたに違いないです!」
「……母さんが」
「そうでなければ、露木さまに編入を勧めたりしないはずなのです」
『楓華。お母さんね、色々調べてみたんだけど……丁度良さそうな高校見つけたの』
母親の言葉が、脳裏に浮かぶ。
思い至らなかったが、当然あの時の母親は、法紅陵学園の存在を知ってて自分に勧めたはずだ。
『ちょっと遠いけど、知り合いは誰もいないと思うわ。環境を変えるにはもってこいじゃないかしら』
だが、母親は何も言ってくれなかった。
学園のことも、魔女のことも、魔法のことも。楓華の素質についても。
一体、母親はどこまで知っていたのだろう。自分が魔法を全く使えないことも、もしかして分かっていたのだろうか。
分かっていて、何も教えずにこの学園に編入させたのか。本当に自分のためを思って、この学園を勧めたのか……
「……露木さま。露木さま?」
シロに何度も呼びかけられ、楓華は我に返る。
「……あ、ごめん。ぼーっとしてて」
「微力ながら、シロにお手伝いさせていただけないでしょうか。一応シロだって、マハトとハイスの使い方くらいは知ってますから!」
「えっ……シロが?」
嬉しさの余り驚いたつもりだったのだが、恐らく表情には出なかったのだろう。
怪訝な表情をする楓華に、シロは思わず委縮してしまった。
「ふ、不安ですよね……シロは落ちこぼれの出来損ないで、人に教えられるほど上手じゃないですから……」
「あ、違、違うの。今のは、そうじゃなくて……」
嬉しかったの、と楓華は素直な思いを口にする。
「クラスメイトに優しくしてもらったこと、あんまりなくて。もし友達がいたらこんな風に、勉強とかも色々教え……」
そこで不意に言葉を切った。
今しがた自分の口から出た言葉に、自分でも驚いて。楓華は思わず唇をなぞる。
中学の時からずっと、友達と呼べる相手はいなかった。友達が欲しかった。
────もしかすると、シロとなら友達になれるかもしれない。
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