揺れ動いて、呼吸

赤羽千秋

第1話

静哉しずや、何か欲しいものある?」

 母親と雑貨屋に来ている僕は、店のその外に置いてあるガシャポンに目を向けた。とある特撮のキーホルダーが見える。しかし、言い出せない。たった300円の、プラスチック製のそれが欲しいだなんて。

「このハンカチがいい」

 クローバーが隅に刺繍された、比較的可愛らしいハンカチ。嫌いではないのだ。むしろ、こういう可愛い柄は好きなのだ。だけれど。

「いいよ。他には?」

「特に要らない」

「そう。じゃあお会計にしようか」


 ◇


 幼い頃は、よく女の子に間違えられた。別に特段気にしているわけではなかったが、不思議と少し嬉しかった。今でも時々ある。それも、心がくすぐったくなる。

 だから髪の毛も男の子として違和感がない程度に長くしていたし、芯から可愛い小物や服が好きだったから、ねだってきた。


 いつしか親からも周囲からも、そういう子だと思われていた。むしろ、そう思われたくて振る舞ってきた部分もある。自分のそれは嫌いじゃない。

 けれども。そんな自分が、実は特撮が好きだったり、車やバイクに興味があったりすることを、親に言い出せないでいた。父親も僕がそういうのに関心がないものだと思っているのだろう。

 昨日みたいにほしくても、なんだか恥ずかしくて、言えない。


「静哉、熱ある?」

 母の手が首を撫でる。顔が赤かったのだろう。

 こうやって弱いことを考えているときは、きまって体調が悪い僕。

「学校、休む?」

 母はいろいろ緩い。専業主婦を進んで自称している割に料理も掃除もしっかり怠る。弱音も我慢せずに吐くし、自分の感情に正直で我が母ながら非常に頼もしいと思う。

 確証は無いけれどそんな母だから、僕の思っていることは、きっと母には小さな波として処理されるだろう。恐怖はない。ただ、恥ずかしさだけ。その抵抗が大きくてたまらない。

「いいの?」

「中学校の勉強くらいなら、私、大丈……夫?」

 少々不安だが困ったら父に頼ろう。

「じゃあ休む」

「連絡入れとくわね」

 僕はリビングのソファに寝転がってテレビを眺めた。母は冷却シートとアイス枕を持ってきて僕の頭に敷いた。

「お薬おいておくからね。ビニール袋はこっち。具合悪くなったら…」

「いつものサインでしょ」

 机をたたく、呼ぶ、手を挙げるなど…人が気づけないときは自己申告をする我が家の取り決めの、サイン。

 その確認をしたあとは、少し目を閉じて、考え事をした。


 いつもの僕が壊れてしまう気がした。可愛いものが好きな僕。女の子みたいな外見の僕。それでも特撮が好きで、車やバイクが好きな本当の姿に失望されてしまうのではないかと怯えていた。

 イメージが壊れることは恥ずかしいことだと思っている僕。


 クラスで一番の子が、満点を逃したテストに顔を埋めていたこと。

 髪の毛のセットが大好きな子が、寝坊してボサボサのまま登校して俯いたこと。

 いつも馬鹿なことを言って周りを笑わせているあの子の、非常によい通信簿がばれてしまったときの、表情。


 全部、全部同じなのだ。違う自分を、周りに見せることが恥ずかしい。

 途轍もなく些細なことなのに、まるで命かのように重要に感じる。


「他に欲しいものある? 買ってくるけど」

「……ゼリー、と」

 母は黙った。

「昨日のお店の外にあった、……爆撃戦隊ボンバーマンのガシャポン」

 母は目を丸くした。少し、意外そうな顔をしたあと、ふと微笑んで。

「……りょーかい」

 熱があるから、頭がぼんやりしているから。

 だから、言ってしまったに違いないのだ。


 ◇


「静哉、これ好き?」

 近くのショッピングセンターに、ガシャポンの専門店ができた。

「それは…見てたけど面白くなかった」

 合成がちょっと雑だったとか、セリフが何言っているか分からなかったとか、割と残念な作品だった気がする。

「そうなの」

「お父さんは好きだったけどなぁ…」

「私も見てみようかな」

 可愛いものが好きだと決まりきった僕を崩した。けれどこれもこれで悪くない。

 女の子の友達が減ったけれど、どうでも良かった。

 なぜなら、いまは。

 少しだけ息がしやすいのだから。

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揺れ動いて、呼吸 赤羽千秋 @yu396

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