「あとは、どうやってこれを定位置に置くか……てめェらはそんな余裕ねェだろうしな」



 足止め役をする太陽と灯太では、隙を見て布片を置くことは難しい。となると、黒羽自身で動かなければいけない。



「灯太!」


「風華!? なんで戻ってきたんだ!!」



 避難誘導を終えた風華と夏海が二階に姿を現した。市民の避難と共に外に出るよう言いそびれた事を灯太は舌打ちした。



「今からでも外に逃げろ!」


「仲間を置いて避難する隊員がどこにいますか?」


「燐光刀は無いんだぞ!」



 焦りを滲ませる灯太の横で、腹を括った太陽が自身の腕を切る。



「灯太急げ! あのデカブツが風華と夏海狙っちまう!」


「チッ……」



 もう考えている余裕は無い。灯太も腕を切り、近くに落ちていた金属の棒を拾う。おそらく壊れたテーブルの脚か何かだろう。燐さえ使えるなら刀代わりには十分だった。



「丁度いい。あいつらに任せるぜ。」


「黒羽!」


「嫌なら守れよ。おいチビ!! 手伝え!!」



 咎めるように黒羽を見た灯太を、黒羽が冷ややかに見返す。これ以上言い返そうにも時間が無い。太陽は既に飛び出してしまっている。仕方なく灯太もその後に続いた。



「何よ」



 太陽達と入れ替わるようにして柱の陰まで夏海と風華が降りてきた。不服そうに黒羽を睨む夏海に、黒羽は布片を渡す。



「説明は飛ばすぜ。これをあの消火栓と奥のゴミ箱、こっから真向かいの柱と植物の前のベンチに置け。床にな。」


「何これ! 血!?」


「黒羽、どういう事ですか」



 布片にべったりと染み込んだ赤を見て夏海が叫び、風華が険しい表情で黒羽を見る。そのまま風華の視線が黒羽の腕を伝う赤い筋へと移った。



「説明飛ばすつったろ。いいから急げ。」


「後で必ず話してくださいね。夏海、行きますよ。」


「えっ。ちょっと、風華ちゃん?」


「夏海は右から、私は左から。頼みましたよ。」


「あ、うん!」



 夏海と風華が走り出した。幸い餓鬼は太陽と灯太を相手取るのに忙しいらしく、二人には気づかない。程なくして黒羽が指示した場所に布片を置いた二人が、同時に合図を送った。



「黒羽!」


「陰峰!!」



 それを確認した瞬間、黒羽が床に左手をついた。腕を伝う血が床に達する。



(──イケる! 燐さえ知覚できりゃこっちのもんだ……!)



「──蒼影・封縛──」



 黒羽の左手腕から発した青い光が一直線に布片へと伸び、餓鬼を囲う。さらに燐は布片から紐状に伸びると、餓鬼の身体を縛りあげた。


 餓鬼が拘束されるなり、灯太が一歩引いて太陽に譲る。



「っ、太陽!」


「っしゃあ!! 任せろぃ!!」



 太陽が餓鬼の目の前に飛び上がる。手にした金属の棒が燐を纏い、赤く輝いた。それはさながら赤燐でできた大剣のような形を取り、餓鬼の身体に強く突き刺さる。低く耳障りな呻き声に怯むことなく、太陽は自分の燐を餓鬼の身体へと流し込み。



「──燐華大輪──」



 その瞬間眩く赤い光がそこら中を照らし、爆風と共に餓鬼の身体が弾け散った。



「ハァ……ハァ…………やったか……?」



 餓鬼を拘束していた燐を解き、黒羽が両手を床につく。燐晶石の補助無しに燐を使うのは、想像よりも消耗する。爆風と光に目を瞑っていた灯太や風華、夏海も太陽の方を振り返った。


 ゆっくりと立ち上がる太陽と、床に散乱した燐化髄晶の砂。そこに、餓鬼の姿は無い。



「上手くいったみたいだな……」


「灯太!! 怪我は!?」



 安堵の息をつきながら額の汗を拭う灯太。そこに風華が駆け寄った。



「大丈夫だよ。腕以外はな。風華こそ、怪我してないか?」


「私は大丈夫です。本当に、無茶しますね……」



 恋人の無事を確認して、ようやく風華も表情を緩ませた。言葉を交わす二人の元に、ぴんぴんした様子の太陽が腕を回しながら歩いてくる。



「ふい〜、いっちょ上がり! 俺ってばやっぱ出来る子じゃね!?」


「なんでお前はそんな元気なんだよ……俺も黒羽もかなり消耗してるってのに……」



 黒羽に至っては「役目は終えた」とばかりに完全に座り込んでいる。灯太も風華の肩を借りて立っている状況だ。



「皆大丈夫!? 太陽すごいね!? ちょっとびっくりしちゃったけど」



 燐化髄晶の砂に若干足を取られながら、夏海も三人の元に走ってくる。



「さて……黒羽、どういうつもりですか? 餓鬼は片付いたんですから、説明してもらいますよ。」



 気だるそうに座り込む黒羽を風華がじろりと睨む。睨まれた黒羽はあからさまに面倒臭そうに一瞬顔をしかめたが、すぐに息をついた。



「燐晶石の代わりに自分の血ィ使っただけだ。どんくらい使えるかどうかは賭けだったけどな」


「……もし使えなかったらどうするつもりだったんですか。」


「使えなかったらやる訳ねェだろ。太陽がいたから実行した。そんだけだ。」


「え、俺?」



 急に名前呼ばれた太陽がきょとんとした表情で自分を指す。



「燐がどうにか使える環境なら、あの餓鬼は太陽のバカ火力でゴリ押せる。だから賭けた。他にも色々理由はあるが、聞きたきゃ灯太にでも聞け。」



 それ以上は面倒だと言わんばかりに黒羽は回答を灯太に丸投げした。風華の表情は不服そうなままだったが、現場に隊員が到着した事により黒羽を追求する事は難しくなった。

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燐陽鬼譚 七夕真昼 @uxygen

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