巡回で処理している餓鬼のクラスはせいぜい初級に過ぎない。しかし今目の前にいるのは、軽く見ても中級クラスだ。太陽と黒羽で注意を分散できているが、燐光刀が無い事が何よりも痛手だ。



「太陽、黒羽!」



 遅れて灯太も合流する。思い切り振り下ろされた腕を躱して太陽が灯太に答えた。



「灯太! 風華達は!」


「避難誘導をしてもらってる! それが終わるまで持ち堪えるぞ!」



 灯太も囮に加わり、餓鬼をこの場に引き止める。腕は全部で八本、餌を探しているのかひきりなしに目をぎょろぎょろと動かしていた。本体には口が三ヶ所、それぞれが奇声を発し、耳を塞ぎたくなるようなハーモニーを奏でる。


 周りに人気が全く無くなった所で太陽が二人を手招き、一度三人は柱の陰に隠れて合流した。燐の使用をやめ、餓鬼に場所を気取られないように注意を払う。



「日ノ出街支部への連絡は風華がしてくれてる。二人は誘導が終わったらそのまま外に出てもらうように言った。」


「支部の連中来るまで耐えろってか?」



 黒羽が顔を顰めるのも無理はない。自分達も避難した所で餓鬼が外に出てしまえば元も子もないのだ。分かってはいるが、今の状況ではあまりにも分が悪すぎる。せめて燐光刀があれば良かった。


そんな中、太陽だけはワクワクと顔を輝かせていた。



「じゃあさ、じゃあさ、俺たちで倒そうぜ!!」


「バカ言え、ギリギリまで粘ったら俺達も避難して、隊の到着を待つべきだ」


「どーだかな」



 灯太に黒羽が反対する。彼は会話をしつつも視線は餓鬼に向け、常に動きを追っていた。



「見ての通り、ありゃいつも巡回で潰す雑魚と違ェ。そもそも、結界内に餓鬼が入ってんのが問題だろォ。あのクラスが入り込んでんなら、それ以上がいてもおかしくねェ」


「……外にも、他の餓鬼がいるかもしれないってことか?」



 チラリと黒羽が灯太を見る。その可能性は否定できない。むしろ、最悪の事態として想定しておくべきだった。外への避難誘導が果たして正しかったのか、不安が募り始める。



「……もしくはアレを招き入れた奴がいる、とかな」


「招き入れる!?」



 灯太が怪訝な声を上げた。もしそんな事が可能ならば、結界の意味が無い。



「なんにしろ、隊員が外で対応に追われてちゃこっちに来んのは遅くなるかもなァ」


「なるほどな……招き入れた奴が仮にいるとしたら、足止めされてる可能性もあるか。」


「じゃやっぱ俺らで倒すしかねえな!」



 黒羽と灯太のやり取りを黙って聞いていた太陽が、上機嫌でそう言った。黒羽が視線を、今度は太陽に移す。



「こいつの言う方がアタリかもな」


「だとしても、どうすんだよ。俺ら誰も燐光刀持ってないんだぞ」



 もっともな灯太の意見に、黒羽が少し考える。



「燐は血に宿る……燐晶石で刀作る前は、刃に自分の血ィ付けてたっつー話だぜ」



 そんな事を言いながら、黒羽はすぐ傍に落ちているガラス片を拾った。それを見てきょとんとする太陽と、眉をひそめる灯太。



「何すんだ?」


「おい、まさか……」



 灯太の予想は的中。黒羽はガラス片の切っ先を腕に近づけて見せた。



「刀代わりになりそーなモンに自分の血ィつけりゃイケるはずだ。一応はな。」


「げっ、痛そう!」



 やっと意味を理解した太陽が、両腕を抱えるように押さえて顔をしかめる。灯太も眉間を押さえて息をついた。



「仕方ねーのは分かるけどな……」



 灯太が呟いた直後、三人が隠れている柱の上部を餓鬼の腕が貫いた。思い留まっている暇はない。



「ひとまず作戦だ、どうする」



 降ってくる瓦礫を避けて、灯太が二人に尋ねる。黒羽も太陽を見た。



「足止めするつったって、倒す気でやんなきゃキツいぜ」


「俺が十八番でぶっ飛ばすぜ!」



 自信満々に言い放つ太陽に、二人はうなずく。



「太陽のバカ火力で一発で確実に叩くのが良いな。血を出す以上、燐の喪失は避けられないし。」


「となると捕縛すンのが最善……」



 思案しながら黒羽が床に散らばった破片を見つめる。



「……俺の蒼影であのデカブツを捕まえる。燐晶石を経由すりゃ燐を伸ばす範囲を広げられる……血で同じようにできるかは知らねーけど」


「お前にできない事があんのか」



 灯太と黒羽が一瞬、視線を交わす。直後、黒羽が口を開いた。



「ねェよ」


「じゃあ問題ないな。」


「けど、どんくらいもつか分かんねェからな。さっさと仕留めろよ太陽」


「おし! 決まりだな! 黒羽ちゃんがとっ捕まえてくれてる隙に倒せばいんだろ! 楽勝だぜ!」



 これからやる事は決して簡単なわけではないが、太陽があまりにも何でもない事のように言うからそう思えてきてしまう。



「ちゃんと分かってるみたいでよかった。楽勝じゃねーだろうけど」



 苦笑する灯太の横で、黒羽がガラス片を腕に当てる。



「そろそろ始めねーと外出ちまうぜ」



 そのままスっと引けば、たちまち白い肌に赤い線が滲み出した。



「げえっ」


「マジでやんのな……」



 未だに抵抗を見せる二人を前に、黒羽は布片を傷口に押し当てた。その様子を見る太陽と灯太は躊躇いがちに各々ガラス片を手に取る。

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