緊急事態

「さぁ皆様! いよいよ明日ですわよ!」



 先頭を歩く太陽が、パン! と勢いよく手を叩いて振り返る。



「分かってるなら、支部で訓練した方がいいんじゃねーか。」



 灯太の言葉にうなずく風華、話を聞いていない黒羽、緊張した面持ちの夏海。友人達の表情は太陽には見えていないのか、見えているが無視しているだけなのか。



「だからこそよ! 前日まで訓練して本番筋肉痛だったら大変だろー? それに夏海も明日が試験で緊張してるっぽいし」



 夏海の表情が硬いのは太陽お前のせいなんじゃ? と思っても口にはしない灯太と風華。



「明日で受かるっつー景気づけに今日はあそぼーぜ!」


「じゃあ受かれよな」



 面倒臭そうに欠伸をしながら黒羽が呟く。夜更かしでもしたのか、目の下の隈が酷い。


 五人が向かっているのは、ついこの前太陽と夏海が遊んだショッピングモール。夏海の正規隊員認定試験と太陽の隊長認定試験を明日に控えているというのに、呑気に遊びに出かけている。



「夏海、大丈夫ですか?」


「あっ、うん! 明日の試験の事考えてたらちょっと……」


「大丈夫ですよ。生存率は十分ですし、撃破数もちゃんと増えてますから!」



 緊張気味の夏海に風華が声をかけると、夏海の表情が和らいだ。どうやら、今は太陽の事よりも明日の試験で頭がいっぱいらしい。



「ったく、息抜きなら試験終わってからやりゃいーだろォがよ」


「そう言うなよ黒羽ちゃん! 夏海との親睦を深めんのも大事だろー!?」


「知るかよ」



 至極かったるそうに言う黒羽の肩に太陽が腕を回す。そんな太陽をまるで「鈍感な男め」とでも言いたげな目で風華が睨んでいる事には気づかない。



「灯太」


「ん?」


「太陽の事は黒羽に任せて、夏海は私達と一緒に行動しましょう。」


「あ、ああ。」



 満面の笑みの恋人を前に灯太はたじろいだ。これは相当太陽に対して怒っているに違いない、と悟る。



「そうだな。黒羽とは夏海も折り合いが良くないし……それが一番だな。」



 一時は微妙に気まずい空気が流れていたものの、ショッピングモールに着けばそんな事も忘れてしまう。結局ほとんど男女別で行動し、昼食を取るために一度フードコートに集合した。



「風華達先に選んで来てくれ。あと太陽も。どうせお前は大量に頼んで待ち時間長いからな。」



 灯太の提案に太陽がパチン、と指を鳴らす。



「さっすが相棒、俺の事分かってんね!」


「早く行けよ」


「じゃ、黒羽ちゃんと二人で留守番よろしくー! 行こうぜ!」



 行こうぜ、などと女性陣に声をかけたものの、顔を輝かせて颯爽と消えていった太陽。



「私達も行きましょうか。」


「うん。お腹すいたね」



 残された灯太と黒羽は席で三人の帰りを待つ。



「……明日で受かると思うか。」



 眠そうな顔でスマホをいじる黒羽に、灯太が問いかけた。



「逆に受かると思ってんのか?」


「……いや。」


「同意見だぜ」



 昇格試験などを含めた中でも隊長認定試験は難易度がかなり低い試験のはずだった。それすら通らないとなると、機関最強など夢どころか戯言にしかならない。



「そろそろ進路も決めないといけないのに、何も進まねぇなあ……」


「……。」



 灯太がボヤく横で、黒羽は何も言わずに画面を眺めた。



「「……っ!?」」



 何かを感じた灯太と黒羽が視線を交わす。その直後、どこからか人々の悲鳴が聞こえてきた。



「黒羽、」


「あの三人呼び戻せ、餓鬼だ」



 跳ねるように二人が席を離れる。太陽達を探す灯太の横を黒羽が通り過ぎ、そのままフードコートを飛び出した。



「太陽!! 風華!! 夏海!!」



 灯太が三人の名前を叫ぶ。同じように異変に気づいたからか、風華と夏海が険しい表情をして走って来た。



「太陽は!?」


「先に行きました!」


「黒羽も向かってる、急ぐぞ」



 悲鳴に気づいた人々でフードコートの中は混乱し始めていた。事態が分からずともその場から逃げ出そうとする人混みの中に逆らうように、灯太達も悲鳴がした方へ向かう。



 先に向かっていた黒羽は、吹き抜けの三階から下を見下ろす。一階部分は広場になっており、ラウンジが設置されている。その真ん中に黒く大きな塊が蠢いていた。耳をつんざくような咆哮を上げながら、青い目玉がいくつもついた腕を逃げ遅れた人へ伸ばす。



「チッ……!」



 躊躇いなく手すりを飛び越えた黒羽の両眼が青く輝く。次の瞬間には餓鬼に襲われている人を抱えていた。



「さっさと逃げろ!」


「っ、ひ、」



 助けた女性が走り去るのには目もくれず、黒羽が餓鬼を睨む。餓鬼は燐に反応する。であれば、燐を発動させている自分を狙いに来るはずだ。



「オラ来いよデカブツ! てめェの相手はそっちじゃねェよ!」


「黒羽!!」



 次いで太陽も吹き抜けを降りてきた。黒羽の方へ移動していた餓鬼が、さらに膨大な燐に反応する。



「時間稼ぎくらいしてやる! てめェは避難誘導しとけ!」


「それは灯太達がやるだろ! 囮なら俺もやる!」


「チッ……」



 餓鬼の腕を軽々と避けながら黒羽が舌を打つ。時間稼ぎをするとは言ったものの、避ける以外に出来る事がない。燐光刀を所持していない今、この餓鬼を打ち倒す事は不可能だ。



(加えてコイツ、いつも処理してる雑魚よか遥かに面倒くせェ……! なんでこの規格がこんな所にいやがる!?)

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