学校の事、連合の事、灯太達の事を話しながら歩く帰り道。通りかかった公園の前で、太陽が足を止めた。合わせて夏海も立ち止まる。



「懐かしいなあ〜! 子供ん時父ちゃんとよくここで遊んだんだよ!」


「へえ、そうなの?」



(子供の頃の太陽かぁ……どんな子だったんだろう)



 当時の事でも思い出しているのか、太陽がしみじみと話を続ける。



「俺はここで雪ちゃんに会ったんだよなぁ」



 その名前を聞いて、夏海は初めて太陽に会った時彼が「雪ちゃん……?」と呟いていた事を思い出した。


 果たして誰の事なのだろう。公園を眺める太陽の横顔を見ながら、夏海は考える。知らない方が良い。触れればきっと、自分は傷つく。それでも、聞かずにはいられなかった。



「……ゆきちゃんって誰?」



 なるべく平静に聞いたつもりだ。「好きな食べ物って何?」と同じくらいのテンションで。


 太陽からの答えは、すぐに返ってきた。



「俺の好きな女の子!!」



 腹の底がスっと冷える感覚と共に頭に浮かんだのは、「ああ、やっぱり。」という感情。そんな夏海の心情は微塵も気づいていないのか、少し照れ臭そうに太陽がはにかむ。



「一人で泣いててさぁ、名前も帰る場所も分からないって言うから、俺が“雪ちゃん”て呼ぶ事にしたんだ! 雪みたいに白くて綺麗な子だったから!」



 “雪ちゃん”の話をする太陽はどこまでも楽しそうだった。



「そう、なんだ……」



 心が鉛のように重くなっていくのを感じる。太陽はまだ話し続けているが、もう夏海の耳には届かなかった。


 こんな気持ちになるくらいなら、知らないままの方がよかったかもしれない。






「はぁ……」



 休憩室の椅子に腰掛け、息を吐く夏海。気がつけば今日一日ため息ばかりをついている。灯太と風華との訓練中もずっと上の空になってしまい、いつもならしないようなミスばかりしてしまった。



「夏海、何かありましたか?」



 心配そうに風華が声をかけてきた。そのまま、夏海の隣に腰掛ける。



「今日ずっと塞ぎ込んでますし……生存率も、いつもより低かったです。」



 それは夏海も分かっていた。どうにかしようと焦るものの、空回りばかりでとうとう見かねた灯太に休憩を提案され、今に至る。



「今日は調子が出ないみたいだな。悩み事とかがあるなら聞くぞ」



 二人分の飲み物を自販機から取り出し、灯太が風華と夏海に渡した。



「ありがと…………。あのね、昨日太陽と出かけたんだけど」


「そうだったんですか?」



 これは何か進展があったかも、と一瞬期待した風華だったが、夏海の表情を見てすぐさまその期待を打ち消した。


聞かずとも分かる。やはり、太陽の心が変わることはないのだ。



「もしかしたらって思ったんだけどね、太陽の顔見て分かっちゃった。本当に好きな子の話する時って、こんな表情するんだって思っちゃったもん。あたしと話してる時と全然違う。あたしは最初っから、友達としか見られてないんだって。」



 “雪ちゃん”の話をしている事は灯太にも風華にも分かっていた。太陽が事あるごとに口にする少女の名前。


 目に涙を浮かべる夏海の背を、風華が優しく撫でる。



「……太陽は優しいですが、皆に・・優しいんですよね。」



 人懐こくて誰にでも手を差し伸べる、天性の人たらし。二人が夏海のような女の子を見るのも、これが初めてではない。



「夏海は諦めるんですか?」


「あんな顔見たら頑張れないよ……。あたしに勝ち目、ちっとも無いもん」



 恋の終わりに涙する少女を慰める恋人の横で、灯太はそっとため息をついた。“雪ちゃん”の話を夏海にしていれば、こんな風に傷つくことは無かったのかもしれない。「あいつはやめておけ」とその一言を言っていれば。


 今さらだと分かっていても、罪悪感は拭えない。初めから知っていた。太陽の中から“雪ちゃん”が消えることなど万に一つも有り得ないと。

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