3
ハンバーガーショップを出た二人が向かうのは、駅前のショッピングモール。靴屋が何店舗か入っているため目当ての物を探しやすい。
「太陽はどんな靴買うの?」
「どーしよっかな~。走りやすかったらなんでも良いかも?」
「適当。」
ははは、と笑う太陽に突っ込みを入れながら、夏海は気になっていたランニングシューズが並ぶ棚を見る。候補とまではいかないが、いくつか目星はつけていた。
「お、これ軽いな。疲れなさそう」
夏海が気になっていた物の一つを太陽が手に取り、そんな感想を漏らす。
「うん。それ軽くていいなって思ってるんだよね。でもこっちも気になってて。あとこれも。みんな履いてみたんだけど、いまいち決められなくて。」
「ああ、これとこれ? こっち在庫あんま無さそうだな。夏海が履くサイズある?」
言われてみれば、たしかに在庫の段ボールが少ない。一応探してみると、欲しいサイズは展示されている物しか見当たらなかった。
「22センチ、置いてあるのしかないみたい。」
「22!? これ!? ちっちぇーな! かわいい~!」
手に持った靴を見て太陽が言った一言に、思わず夏海はたじろいだ。あまり軽率にそういう事を言わないでほしい。心臓に悪いと、高鳴った胸に手を当てて落ち着かせる。
「そ、そうでもないよ。男の子から見たら小さいかもしれないけど」
「あとこっちだっけ。色で言ったら、これが一番夏海に似合いそう」
最初に手に取った靴を持ち上げ、太陽が言う。そう言われてしまうと、それが一番良いように思えてしまうではないか。
「……じゃあ、それにしようかな。」
「あれ? もう決めんの?」
「うん。性能はどれも良かったし、他に決め手になるのも無かったから。太陽が似合いそうって言ってくれたから、それに決めちゃおうかなって。」
「おお、なんか嬉しーな! サイズもあるし、良いと思うぜ!」
積まれた段ボールの中から22センチのサイズの物を抜き出し、ほら、と太陽が渡してくる。これは絶対宝物にしようと心の中で決意して、夏海は受け取った箱を胸に抱いた。
「俺は何にしよっかな~」
頭の後ろで手を組みながら、太陽が呑気に呟く。
「太陽はどんな靴が欲しいの?」
「あんま考えてねーな。動きやすかったらそれでいいって感じ。あ、あと色が赤だったら買っちまうかも。」
「赤好きなんだ?」
太陽の好きな物が一つ知れた、と嬉しさを感じながら夏海は尋ねる。対する太陽は「そう!」とどこが自慢げに答えた。
「俺の髪と目の色は父ちゃん譲りなんだ! 赤は俺と父ちゃんの色! だから好き!」
「うん。たしかに太陽ってすごく赤が似合う。」
「だろー?」
屈託のない笑顔を向けてもらえることが嬉しい。こうして一緒に出掛けられていることがすごく嬉しい。胸の真ん中がぽかぽかして温かい気持ちになる。
(太陽が皆に優しいことは知ってる。でも今だけは、あたしのことだけを見ててほしいな……。)
欲しかったシューズも購入し、二人同じ袋を持って店を出る。
「夏海はあとどっか行きたいとこある?」
「あとは特に考えてないや。太陽は?」
「俺もない! んじゃ、ゲーセンとか行く? 俺ゲーセンでお菓子取んのめちゃくちゃ得意なんだよね!」
「食い意地……」
とはいえ、ゲームセンターに行くのは賛成だ。だってとても、デートっぽい。
ショッピングモールにあるゲームセンターはゲームセンターだけの所よりも行きやすいような気がする。夏海は個人的にそう思っている。入った瞬間耳をつんざくような騒音がぶつかってくるわけではないし、子供向けのプライズや小さな屋内遊園地もあるから親子連れが多いし。
「ほら、これ! 俺これ得意!」
太陽が指すのはピラミッド状に積まれたお菓子を崩して獲るゲーム。ぐるぐると輪を回る光が目の前の赤いブロックに来た瞬間を狙ってボタンを押し、見事タイミングが合えばお菓子の山が崩れるシステムだ。
「見てろよ! いっぱい穫れたら夏海にも一個あげる〜」
「一個だけかい。」
「ええ……じゃあ二個……」
意外にも渋る太陽を見て夏海が笑う。どうやら、食べ物の事になると広い心もケチになるらしかった。
「いいよ、全部太陽が食べなよ。穫れたらね。」
「マジで! っしゃ! 全部獲ってやる!」
俄然やる気を出した太陽が、投入口に硬貨を入れる。まるで獲物を狙う獣の如き眼差しでプライズを見つめ、タイミングを見定めてダン! とボタンを押した。途端に崩れ落ちるピラミッド。さすが、得意と自負するだけの事はある。
「ほら! ほら! すっげーだろ!!」
「え、すご……ほんとに穫っちゃった」
「あ、スタッフさんすんませーん! 袋ください!」
呆気に取られる夏海を横に、手を上げて太陽がスタッフを呼ぶ。貰った大きな袋の中に次々とお菓子を放り込む太陽は笑顔だ。
「ほい! 夏海にもあげる!」
「いいの? 太陽食い意地張ってるのに?」
「一個くらい良いぜ!」
「ありがとう」
貰ったお菓子を鞄に詰める。その辺でも買えるものだ。けど、夏海にとってこれは世界に一つしかない宝物。好きな人から貰ったというだけで、しがないお菓子にも無限に等しい付加価値がつく。
ひとしきり遊んで、(主に太陽が)食べて、気がつけばショッピングモールの窓から見える空はオレンジ色に染まり始めていた。
「お、そろそろ帰るか〜」
「もうそんな時間……楽しかったあ」
ああ、もう帰らなきゃいけない。分かっていた事だけど、嫌だな、と感じてしまう。そんな夏海の隣で、それでも太陽は楽しそうに笑っていた。
「楽しかったな! また来ようぜ!」
「えっ、あ、うん! また来よう!」
そっか。また一緒に遊べば良いのか。そんな単純な事に何故気づかなかったんだろうと、夏海は口元を緩ませた。太陽とは学校でも会える。今日で最後、なんてわけじゃないのだから、悲しむ必要なんてどこにも無い。
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