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約束の日まで待ち遠しかったような、思ったよりも早く来たような。心を弾ませながら、夏海は約束している時間よりも幾分か早く待ち合わせ場所に着いた。
(やっぱりこれってデートだよね? デートって思ってもいいのかな?)
考えるだけでわくわくする。しかし問題は、一向に太陽の姿が見えないことだ。気がつけば、約束の時間は過ぎている。
(灯太くんから聞いてた通りだ……この前もそうだったけど、太陽ってほんとに遅刻魔なんだね)
遅刻ならまだいいが、忘れられていたらどうしよう。連絡を入れるべきだろうか。と悩んではスマホの画面を開いたり閉じたりする夏海。いつもどれくらい遅刻してくるのか、そこまで灯太に聞いておけばよかったと少し後悔する。
そわそわと気を揉みながら、それでも三十分ほど経った頃。ようやく、よく跳ねた赤毛の少年が夏海の元へ駆けて来た。
「ごめんごめん! いつもより早く家出て来たんだけどさ!」
バチン! と勢いよく手を合わせ、夏海に謝る太陽。その姿を見れば、先程までのやきもきした気分はすっかり消えてしまう。それどころか、いつもより早く家を出てくれたのか、と胸を踊らせるばかりだ。顔を綻ばせて、夏海が太陽を見る。
「大丈夫! 太陽が遅刻魔なのは聞いてたもん」
「げ、灯太だろそういうこと言うの」
もう既に楽しい。まだ序盤の序盤にも関わらず、夏海の心は楽しいという感情に舵を全力で切っていた。
街の中心部へ向かって歩いている間、話すのは灯太や風華のこと、たまに黒羽のこと。そして機関のことなど。
他愛の無い話を続けるこの時間が、夏海はすごく嬉しかった。本当は太陽自身の事をたくさん聞いてみたかったけれど、彼が楽しそうに話してくれるならそれでいっか、なんて思ったりして。
「な、最初飯行かね? 俺腹減っちった。」
「あたしもお腹すいた。何食べに行く?」
「けっこーガッツリでもいい? 俺行きたいとこあんだけど!」
太陽が行きたい所ならば、ぜひ自分も行きたい。いいよ、とうなずいた夏海に、太陽は笑顔で喜びを表す。
「よっしゃ! こっちこっち」
さすが、飲食店に関しては調べずとも頭の中に情報が入っているらしい。夏海を手招き、太陽が迷うことなく通りを進んで行く。
「夏海はハンバーガー好き? ハンバーガー以外もあんだけどさ」
「ハンバーガー好きだよ」
「ならよかった」
ご機嫌な太陽が案内した先は、看板のネオンが揚々と輝く、カジュアルな雰囲気のハンバーガーショップ。店の前に置かれた看板には、おすすめのメニューと共に肉々しいハンバーガーの写真がでん、と貼られている。
「俺ここ好きなんだよな〜! ハンバーガーも良いけどハンバーグも美味しい! どっちも食おっかな?」
「よくそんなに入るね」
「俺の胃袋は底なしなんで」
大層自慢げに言いながら、太陽が店内へと入って行く。その後に続く夏海は、初めて来る場所に少しドキドキしていた。
店内には友人同士で来ている人もいれば、カップルと思しき人達も何組かいる。自分たちもそんな風に見えるのだろうか、と考え、嬉しさと気恥ずかしさで胸がきゅっとなる。
「夏海何食う~?」
メニューが並んだポスターを前に、太陽が尋ねる。夏海もその隣に並び、一緒にポスターを眺めた。
「んー……何にしようかな。太陽のおすすめとかある? あ、量がいっぱいなのはやめてね! あたし太陽みたいに食べれないもん。」
「えっ! 俺のおすすめギガ盛りエクストラジャイアントハンバーガータワーなのに」
なんだその名前からして盛り盛りなメニューは、と眉を顰める夏海。太陽が指差す先を見れば、その名に劣らぬ勢いでパティや野菜などの具材を盛り込んだいくつものハンバーガーが積まれた写真。到底人が一人で食べる物には見えない。
「こんなに食べられるわけないでしょ。もっと真面目におすすめしてよ。」
口を尖らせる夏海に、太陽がそうか、と考える。
「んーと……じゃ、シンプルかつ王道のハンバーガーなら食えんじゃね? あと、こっちのハンバーグとか。ソース選べるし!」
「そしたら……そのハンバーグにしようかな。」
ハンバーガーも気になるが、気になる人の前で食べるのは少し気が引ける。それに、太陽が美味しそうに食べているところを見られたらそれだけで満足だ。
注文する商品を決めたところで、カウンターに行き二人分を頼む。ただ、量だけで言えば二人分ではなく五人分には到達しているだろう。
空いている席に座り、夏海は自分の目の前にいる少年を観察する。今しがた注文してきたばかりだというのに、太陽は鼻歌交じりにテーブルに置かれたメニューを眺め始めた。この後も何か食べる気なのだろうか、と夏海は考える。
「太陽、ご飯の後はどこから行く?」
「うぇ、全然考えてねー。夏海はどっか行きたいとこある?」
そんなざっくり聞かれても、夏海も特に何も考えてきていない。
「え。行きたい所かぁ……あ、そうだ。ランニング用のシューズ見たいかも。そろそろ新しいの買おうかなって思ってて。」
「おお! いーじゃん! ランニング気持ちいよな! 俺も走んの好き!」
「すっ……あ、うん。楽しいし、ストレス解消にもなるからさ。」
唐突な「好き」という言葉にドキドキしつつも、会話を続ける夏海。自分に対して言われた訳じゃないことは分かるが、それでも嬉しい。
「うん、買い物行くのもいいな! そうしようぜ!」
「うん!」
「俺も靴買おっかなー?」
太陽がそんな事を言い出すから、つい、「同じ靴買えたりしないかな……」と考えてしまう。
会話を続けていると、二人のテーブルに頼んだ料理が運ばれてきた。テーブルのほとんどが太陽が頼んだもので埋め尽くされる光景はなかなかに壮観だ。
「うまそー!! いただきます!」
顔を輝かせ、太陽が美味しそうにハンバーガーを頬張る。次々と吸い込まれるように無くなっていくものだから、自分の物を食べるのも忘れて見入ってしまいそうだ。
「夏海も食わねーと俺が食うぞ」
「いや食べる。食べるから。」
太陽の事だ。本当に食べられそうなので、夏海も自分のハンバーグにナイフを入れる。
「わ、すっごい美味しい」
「だろ! 俺のおすすめ! センスあるだろ~!」
「うん、食べ物の事なら太陽に聞くのが一番だね」
二ッと笑う顔は、相変わらず空を照らす太陽のように眩しくて。ぼうっと見つめてしまう自分に気づき、慌てて夏海は視線を逸らした。
この時間がずっと続けばいいのに。
そう願うことは、贅沢なんかじゃないはずだ。
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