リ・スペクトラム

小狸

短編

 *



「尊敬できる人は両親です」


「家族を尊敬しています」


 当たり前のようにそう言える人を、私は羨ましいと思うし、妬ましいと思う。


 それは、尊敬できる両親から偶然生まれただけに過ぎないからである。


 いや、分かっている。


 分かっているつもりだ。


 親を尊敬できるということは、ある程度「普通」の家庭で育ったということを示す。


 一つの指標になるのである。


 だからこそ婚活などでは「両親を尊敬できる人を選びなさい」などと口が酸味を帯びる程に言われていることは、周知の事実だろう。


 翻って私の人生を見てみよう。


 私は、両親から虐待を受けて育った。父親は毎日のように性的暴行をして妊娠させ私を子どもの作れない身体にし、母親は毎日のように暴言暴行を繰り返して精神的に完全に抑圧し、見かねた祖父が私を引き取った時には、既に私の人生は崩壊していた。


 その後両親はどこかに逃亡したと聞くが、それは分からない。


 そんな人生を送ってきたものだから、私には人並みの幸せというものがまるで分からないのである。


 家族を作る?

 

 結婚する?


 それって死ぬってこと?


 そう思っていたこともあった。


 しかし世の中は違った。


「両親を尊敬できる人を選びなさい」


 そんな言葉は、私を何より傷つけた。


 私は絶対に選ばれないではないか。


 死んだってあんな奴らを尊敬できるなんて言いたくない。


 それでも、就職活動の時には笑顔で「両親を尊敬しています」と言った。


 言った。


 言ったさ。


 だってそれが「普通」で、「正しい」あり方だからだ。


 普通ってなんだよ。


 正しいってなんだよ。


 じゃあ私の人生ってなんなんだよ。

 

 帰りの最寄り駅で吐いた。

 

 結果その会社の内定はもらえず、別の会社の内定が出たので、意味はなかったけれど。


 あの崩壊した家族の中で、私は学んだ。


 結局世の中は、恵まれて、幸せで、愛されて、許された人が回しているのだということに。


 私みたいな壊れたどうしようもない人間は、生きているフリをするしかないのだということに。


 夢を持ったことなんてなかった。


 将来のことを考えたことなんてなかった。


 死にたかった。


 これから先のことを考える余裕なんて、なかったから。


 きっと私のこんな生き方は、いつか立ち行かなくなるだろう。


 生きている意味が分からないのに、死にたいのに無理をしてにこにこ笑って生きているのだ。そりゃいつか限界が来るに決まっている。


 それでも。


 私は毎日電車に乗って、会社に赴く。


 尋ねられたらきっと、「両親を尊敬している」と言うだろう。


 それが「正しい」ことだから。


 いつだって、このクソみたいな世の中で求められているのは。

 

 本音ではなく。


 それらしい模範解答なのだから。




《Re:spectrum》 is the END.

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リ・スペクトラム 小狸 @segen_gen

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