G-07:皆のアイドルなればこそ

「お疲れ様」

 ライブとその後のミーティングの疲労に、しみいるような声だった。

「今日のライブもよかったよぉ」

 嘘偽りのない優しい声。メガネ越しのおだやか視線が注がれる。

 駅前で私を待っていたのは、「アイドルなんて、目指さなくても、きみはみんなに愛されてるのにねぇ」なんて少し前まで溢していた幼馴染のシュウイチだった。

 けれど、なんだかんだ都合がつく限りこうして足を運んでくれている。

 ライブにだけでなく、夜遅くなる日にはこうして駅までも。

「ありがとね」

 冬の空気は肌を刺す。まどろんでいられない現実のようだった。

 喉の奥まで冷たい空気が入り込んで、意識にまでしみ込んでくる。

 だから、暖かい言葉が通った経路に、熱が宿る。

「いや、僕が好きでやっていることだからねぇ」

 どちらともなく歩き始めたいつもの帰りみち。道路沿いの住宅の人感センサーの玄関灯が光っては消えていく。

 ライトに照らされれば、そこはステージみたいなものだ。

 わたしと、シュウイチのステージだろうか、なんて浮ついた考えと同時に、これが記者のカメラのであれば、という思考もよぎる。

 その意味で言えば、ずいぶん危ない橋を渡っている自覚はある。

 みんなのアイドルなればこそ、みんなを平等に、扱わなくてはならない。

 そのはずだ。

 ぼんやりとしたシュウイチはそんなこと気にしないかのように、のんびり話を続ける。

「あのさぁ、やっぱり、まだ返事は難しい?」

 ついこの間、このシュウイチにも欲しがるものができたらしい。

 私の特等席が、欲しいらしい。

「ごめんね、そういうのはちょっと」

「いつもいっている、あれだよねぇ」

「そうね。みんなのアイドルなればこそ、だよ」

 いい笑顔で、答える。慣れ切った笑顔、何度も繰り返した、きっと完璧な笑顔。

「じゃあ仕方ないねえ」

 そういって彼は、いまは友達のままでいてくれる

「……きっと、みんなのアイドルじゃあ、なくなったらね」

 小さな声がシュウイチに届いたのかはわからないけれど、シュウイチは小さくうなずいたように見えた。


 そんな帰りみちも、気づけば私の家の前までたどり着いてしまって。

 お互いに小さく手を振って、またねと、おやすみを交わしては私は家の扉を開ける。 

「皆のアイドルなればこそ」

 復唱するように、自分の家で一人、唱える。

 アイドルだからこそ突き通さなければならない道理がある。

 皆のアイドルなればこそ、私は誰もに、平等に、公平に、扱わなくてはならない。

 なんどでも、幼馴染であっても、先輩であっても、後輩であっても、マネージャーであっても、先生であっても。

 相手がだれであっても同様に、まったく同じように対応しなくてはならない。

「皆のアイドルなればこそ」

 すべての言い寄って来る相手に、公平に、「……きっと、みんなのアイドルじゃあ、なくなったらね」と口にするのだ。

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匿名短文みんなのアイドル企画(+板野かも擬態杯) 南雲 皋 @nagumo-satsuki

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