第20話 シオリ

「……えっ?」


 栞奈かんなの予想だにしなかった告白に、このかは小さく驚く。


「だ、だから、その――」


 当の栞奈は、頬を朱に染めながら、もう一度口にするのをためらってしまう。


「このシオリという人物がわたくしなの!」


 栞奈は勇気を出して、このかの小説の作品を毎回コメントしているシオリなる人物は自身だと大声で披露する。


「……えっ?どっどういうことですか?」

「ど、どういうことって……」


 未だ理解できないこのかに、栞奈は呆れ果てる。


 そんな彼女のために、栞奈はノートパソコンをローテーブルに置いてから真剣な表情を作りながら話し始める。


「そうね。私の名前である栞奈というのは、しおりに奈良の奈と書いて栞奈かんなと書くのよ。ウェブ小説で使用しているシオリというのはまさにかんの字をそのまま訓読みにして読んだものよ」


 栞奈はウェブ小説上の名前の由来を淡々と説明するも、このかは素っ頓狂な表情を作る。


「えっ?栞奈ってそう書くんですか?初めて知りました」

「注目するのはそこなのね?」


 このかの的外れな注目に、栞奈はまた呆れる。


 どうしたら納得つ驚いてくれるのかと頭を掻く。


 悩んだ末、栞奈は次の質問をこのかにぶつける。


讃井さぬいさん。あなた何になりたいの?」

「えっ?」


 唐突に進路相談を持ちかけた栞奈に、このかは小さく驚く。


「まっ漫画家かラノベ作家になることが夢なんですが、いっ今は後者の方へ傾倒しています」


 このかは将来進む職業を淡々と返答する。


「それはどうしてなの?」

「えっ!?そっそれは――」


 将来進む道は決定しているが、具体的なビジョンまで求められるのは想定外だったこのかは、栞奈の返答に困惑する。


「……どっ読者が笑顔になってくれることを理想としているから……です……」


 事前に用意されたことはすんなりと言葉にできるが、その逆だと混乱してしまう。


 コミュ障が故にアドリブが苦手なこのかは、脳内で浮かんだテンプレ的な綺麗な目標を掲げる。


「……それはの?わたくしにはそんな感じには聞こえなかったわ」

「うぅ〜……」


 これだけ毎日このかに会っているものだ。彼女の話していることはあまりにもその場しのぎで単に現実から逃げているように聞こえた栞奈は疑念をいだく。


 心を見破られたこのかは、さすがにぐうの音も出なかった。


「わたくしが思うに、あなたは創作の才能も絵の才能もあるから漫画家でもいいと思った。だけどそうなるとアシスタントとか雇わなくちゃならない。他人と接することから逃げるあなたはそれをけたいからという理由から、一人でもそつなくこなせるラノベなら苦にならずにおカネが稼げる……わたくしにはそういう感じに聞こえたわ」

「……………」


 何から何まで心の奥底に隠れている不純な考えをズバズバと当てる栞奈に、このかは黙って聞くしかなかった。


「いい?これからとして――としてお話するわ。覚悟してお聞き!」


 そして栞奈――シオリは、怠惰たいだな気持ちでラノベを書くこのかに、ありがたい説教を開始する。


「わたくしはね、毎回読んで思ったことを敢えて申し上げると、あまりにもお粗末で構成もグダグダなのよ。確かに面白いことにはお変わりないけれど――」

「えっ?今なんと?」

「ま、まだ説教の途中よ!最後までしっかり聞きなさい!」

「あっはい!」


 説教の途中で小声が聞こえたので気になったこのかは、栞奈にどんな内容なのかくも、結局怒られてしまう。もはや理不尽の極みだ。


「読者として思うには、やはりキャラクターがあんまり生き生きとしていないところが第一に思ったわ。なんだか躍動感がないというか、キャラクターの皆さんが同じような感じだったというのが印象的だったわ。それにその場面でその技を披露するのかというとこほもあったわ。それと――」


 栞奈は、このかの様子に異変を感じ、説教を打ち切る。


 このかはよほど栞奈の説教に心を突き刺したのか、大粒の涙を脚の上に置く手の甲に落とす。鼻水をすする音が大きい。


「ち、違うのよ讃井さん!これは本気で作家を目指したい、そんなあなたのために言っているのよ!決してあなたや書いている作品をけなしているわけじゃないのよ!」


 それまで説教していた啜り泣きをするこのかを見た栞奈は、慌てながら否定の否定をする。


「そっそれは理解しています……。わっ私は生徒会長――というよりもに対してそこまで言ってくれたことにホッとしているんです……」


 しかしこのかは、栞奈に説教されたことはむしろチャンスとして聞いていた。


「わっ私は昔からアニメを観たり漫画を読んだりするのが一番の癒しで、私もこうした作品が創れたら……と思ったのがきっかけでした。でっでも、ネットで調べたら漫画家になるには相当な労力がかかったり、アシスタントを雇わなきゃならないと書いていましたので、私には難しいと判断しました」


 このかは涙を拭いてから、何故作家の夢を目指すのか淡々とした口調で説明を始める。


 まずは漫画家として夢を目指そうとしたものの、その大変さをネット上の文面として大変さを知った。


「だから一人でもそつなく創作できるラノベ作家を目指そうと?」

「はい……。それならコミュニケーションとか取らずに作業ができますし、それに最近はウェブから書籍化を目指せるので、そっそれなら私でもできることなのかと――」


 そしてラノベ作家なら、社会不適合なこのかにとって天職だと思い始めた。


「でっでも生徒会長の説教で今更分かりました。私は読者のことを考えずに、PV数やいいねの数ばかり優先していました。とんでもない承認欲求の塊みたいなものですね。私もこの作品も――」


 このかはそう言いながら、マウスを動かす。


「わっ私は今まで不純な気持ちで作品を書いていました。だからこれで分かりました。私は社会人そのものだけでなく、作家としての才能もないことが」

「えっ?な、何をおっしゃっていますの?あなたは?」


 ノートパソコンの画面を見ながら、あまりにも不安を煽るような言葉を呟くこのかに、栞奈は怪訝な表情を作りながら問う。


「ちょっちょうどPV数も伸び悩んでいたことですので、こっこの機会に、……執筆中の作品も、このアカウントも本日をもって削除します!」

「ちょ、ちょっとあなた!」


 このかはこれ以上書いてもきっと意味なんてないと考え、作品の削除ボタンをクリックしようとする。


 そんなことはさせないと、栞奈はこのかに勢いよく近づいて止めに入る。


「くっ苦しい……。苦しいです……」


 栞奈は自身の性格に似つかわしくない『チョークスリーパー』という首絞めのプロレス技を取って、このかの作品とアカウント削除を制止する。


「あなた、ファンの前でよくそんなことができるわね!何もそんなことをする必要なんてなじゃないの!おバカさんが!」


 このかの首を締めたまま、栞奈は作品ファンの前でタブーな行動を取る彼女に再び説教をする。


「別にPVの数が少なかろうとコメントがわたくしだけだろうと読んでいる人がゼロなわけないじゃないの!それにあなたはまだプロの作家ではないじゃない。何をおめおめと焦っているのよ……!」


 自身の作家としての才能の無さを利用して諦めるこのかに、栞奈の説教も次第にヒートアップしていく。


 それが次第に感情となり、栞奈の目からは涙がこぼれる。


「頼むわ……。諦めるという選択をしないで。わたくしにもファンとして手伝えること、改善すべきところも直してほしいので、こんなところで筆を折るのはおやめなさい!」


 栞奈は涙を流しながらこのかに作家引退の撤回を求めながらそのまま彼女を後ろから優しく抱擁する。彼女の熱い気持ちという名の説教に、このかの気持ちにも変化が――


「……あら?讃井さん、何で気を失っているのよ?讃井さん、わたくしの声が聞こえたら返事をしなさい!讃井さん!」


 先刻のチョークスリーパーが絶大な効果を出したせいで、このかは失神してしまった。栞奈がどんなに大声で呼びかけても耳に入ることはなかった。


 ☆☆☆


「おじゃましました。また遊びに来ます」


 翌日――日曜日の夕方。


 自宅の前でこのかと晴香はるかは、自宅の前で栞奈に別れを告げる。


「いいわよ!今夜でも毎日でもいつでも来ても~」

「おっお母さん!そっそれは生徒会長に迷惑だよ~!」


 栞奈と過ごす時間がよほど楽しかったのか、晴香はいつでもウエルカムのようだ。流石にそれは本人が可哀想だとちゅうする。


「讃井さん。確かにお母様の仰る通り毎日行きたいわ」

「えっ⁉」


 栞奈も栞奈で、このお泊り会によほど満喫できたようだが、母と同じ考えを持っていることに、このかは驚く。


「でも、わたくしとしては毎日讃井さんに会っているからしばらくはいいかな?」


 栞奈にも遠慮というものがあって、このかは安堵する。


「それでは、わたくしはこの辺で。讃井さんはまた明日あしたね!」

「あっはい!また明日です!」


 栞奈は讃井母娘おやこに別れを告げ、そのまま家路につく。


「いいの?このか。駅まで案内しなくて?」

「あっうん。生徒会長は地図や路線アプリを使ってここまで来ましたので、恐らく同じルートでたどれば帰れると思うよ」


 女の子一人で帰り道を歩く栞奈を思慮する晴香は、このかに駅までの同行を命じるが、このかは彼女なら大丈夫だと言いながら栞奈の後ろ姿を見る。


「えぇ~?でもやっぱり二人で一緒に駅まで向かうのって何だかいい雰囲気というかぁ~?」


 晴香が言葉を選びながら恋人らしいシチュエーションを脳でえがき言語化すると、当のこのかは少々引いてしまう。


「そっそういえばお母さん、どうして急に帰国したの?海外出張はもう一か月かかるんじゃ?」


 このかは昨日きのうから疑問に思ったことがある。海外出張に行っているはずの晴香が、なぜこのタイミングで帰国してきたのか?


 我が娘の素朴な疑問に、晴香は神妙な面持おももちを作る。


「とうとう、言わなきゃいけない時がやって来たのね……」


 口調もいつにも増して重々しくなり、このかの不安も同じように大きくなる。


「このか、私と一緒に海外に住もう」


 晴香のこの一言により、膨らんだ不安が一気に破裂した。

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生徒会長は隠れオタクでした〜陰キャ女子と生真面目女子のオタ活日誌〜 本宮 祈里 @shockgaaan

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