第10話 After that

 今日は休み。有給の申請を出したのだ。その際にプルトー主任が何か言っていたが知った事ではない。

 今日は1年の中でとても大事な日。


 「今年も来たよ。今年はまだキンモクセイ咲いてないのかな?匂いはしないな……。」


 英吉がお気に入りだと言っていた服に身を包み墓前に手を合わせる。

 掃除を済ませ、線香を墓前に置いた。


 「あれから3年……」


 もう3年と捉えるか、まだ3年と捉えるべきか悩む所だ。


 すぐに転生したとしてもまだ幼児だね。


 「色々あったよ。仕事も何とかこなしているし、嫌いなプルトー主任とも何とかやれてる。あれだけ好きだったタイヤキは英吉を思い出して泣いちゃうから食べれなくなった……。今日は泣いても良いよね?一緒に食べようね。」


 そう言ってタイヤキを墓前に供え、1つを取り出し少しかじる。


 「あはは、何だか少ししょっぱいや。」


 涙が頬を伝い落ちる。


 「ねえ?分かる?髪、切ったんだよ?似合うかな?……本当は英吉を忘れようと切ったんだけど、やっぱり忘れられない。

 また会った時に短くて私の事を分からないと困るから結局伸ばし始めたんだ。」


 墓石に寄りかかり


 「ねえ、会いたい。会いたいよ。本当に迎えに来てくれるの?無理だよね。分かってる。分かってるよ。……時が傷を癒してくれるって嘘だよね。……だって想いは募るばかりだもん。」


 止めどなく流れる涙のままにミスティは1人墓石に話し続けた。

 そんな中微かにキンモクセイの香りと共にミスティに声をかける者が


 「やっぱりここに居たか。」


 背後からした声にミスティは振り向きもせず


 「何ですか?私、今日は有給ですので。」


 「それは却下しただろ。今日は新人が来るから出社するよう言っていたはずだが?」


 「そんな事は私に関係ありません。有給は社員の権利です。却下なんてあり得ませんけど?

 それにわざわざこんな所まで追いかけて来るなんてどうかしてますよ?」


 「お前が後悔しないようにわざわざここまで来てやったんだ。感謝しろ。」


 「何で私が!プルトー主任!あなたに感謝する事なんてない!

 私は!私はまだあなたを!プルトーとカロンを許していない!

 ……頭では行いが正しかったのは分かります。

 けど、感情で許せはしない!」


 「そうか。だから?」


 「今日は大事な英吉の命日!それを!英吉を殺したあなたにはここに来て欲しくないし、私も会いたくない!」


 「だからと言ってそんな石に語ってどうする?そこに魂は宿ってない。送ったお前が1番分かっている事だろう?」


 「それでも!それでも!……ここに来れば会える、会えている気がするんです……」


 「そんなもんか。しかしだな?もう3年だ。そろそろ立ち直っても良いんじゃないか?」


 お前が!お前がそれを言うのか!英吉を殺したお前が!


 「ここで泣いて過ごすよりもっと時間を有効に使ったらどうだ?」


 「……お願いします。今日は……今日だけは私の事をそっとしておいて下さい。

 そうじゃないと私も流石に噛みつきますよ?」


 「お前程度が?面白いやってみろよ。」


 もういい!英吉を!私の大事な人との時間を!これだけ軽視されて我慢など出来ない!

 私じゃ勝てない。分かっている。分かっているけどせめて一矢報いたい。私は消滅しても構わない!

 英吉の居ないこの世界は辛いだけ。


 振り向きざまに窒息サファケーションを使えば牽制にはなる筈だ。

 そこで身体強化フィジカルを使えば1発殴る事くらいなら……


 「プルトー!」


 ミスティは振り向く


 「窒息サファケーしょ…」


 振り向いたミスティの魔法は最後まで言いきれなかった。

 プルトーの傍に誰か居る。


 「短い髪も似合うな。」


 プルトーの横に居る男が片手を上げそう言った。


 まさか?そんな筈は無い。そんな筈は無いハズ……


 否定の想いとは裏腹にミスティは走りだした。その男に向けて。


 「え い き ちいー!」


 ミスティはその男に、英吉に飛びつき抱きついた。


 もう会えないと思っていた。会いたいと想いが募っていた。迎えに来ると言った言葉に期待と絶望を繰り返し。

 諦めよう、を何度も何度も繰り返し。夢にまで見た存在。


 「ミスティ。……待たせたな。」


 英吉はミスティを強く抱きしめた。2度と離しはしないと想いを込めて。


 「今日ここで泣いて過ごせば後悔していただろう?」


 そこへプルトーの言葉。


 「でも、どうして?」


 そこまで言ってからミスティは後悔した。


 夢?夢なのかも

お願い。夢なら覚めないで……


 「夢じゃねえ。俺は確かにここに居る。」


 それを察した英吉の言葉。


 「正確に言えば人間である“佐藤英吉”ではない。ここに居るのは死神“佐藤英吉”だ。」


 とプルトーが言った。 


 「転生したんだよ。死神として。」


 死神は自然発生する訳ではない。多くの死神には前世が、人間としての経験がある。稀にではあるが魂は死神へと転生する事もあるのだ。


 「死神であるミスティを迎えに来るんだ。普通に人間になったら無理だろ?」


 「確かにそうだけど……」


 そんな事が可能なのか?私にも人間としての前世がある。しかし死んだ後の記憶である死界で扉を通った記憶はない。

 扉の中で何か交渉が可能?

 分からない。分からないけど大事な事。

目の前には英吉が居る。


 「エヘヘ……英吉ぃ。」


 英吉の体にミスティは自分の体を擦り寄せた。


 「ミスティに英吉君。今日はこのまま自由にして構わない。上から許可はおりている。」


 「え?」


 「2人のこれからの事、住む場所をどうするのか?子供は何人だとか存分に話し合うが良いだろう。」 


 プルトーは2人に穏やかな笑みを向け。


 「それでは私は戻る。こう見えて忙しい身なのだよ。」


 プルトーの姿が消えた。


 ミスティと英吉は顔を見合せ


 「……これからどうしようか?」


 「とりあえずタイヤキヤキタイに行くか。」


 「え?ここにあるよ。」


 ミスティが墓前のタイヤキを指差し言う。


 「どうせなら焼きたてを食べたい。それにあれっぽっちじゃミスティには足りないだろ?」


 その言葉にミスティは顔を輝かせた。


 「うん!」


 きっと今日のタイヤキは今までで1番美味しくなる。そうに違いない!

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死神からの鎮魂歌《ラブソング》 菊武 @t-kikumo

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