第5話 大事なことは何だったか
僕が目を覚ました時、そこは見たこともない場所だった。クマ村長の家でも、僕の家でもない。無機質な鉄の壁が広がる空間。そしてそこには、眠っている仲間の熊たちが居た。僕は周りの様子を伺っていたから気付かなかったが、手足を鎖で繋がれており、拘束されていた。他の熊も同様にだ。それに仲間たちだけでなく、知らない熊も居た。
「ここは一体何処だ……?」
ポツリと呟いた瞬間に、知らない男の声がした。目の前にあった大きなモニターに男の姿が映っている。金髪の短い髪で、毛先が癖のあるショートに、青い目。それに加えて銃を持っている人間だった。
「おい、そこの熊。目が覚めたようだな。お前にはいくつか聞きたいことがある」
「まずはこの鎖を外していただけませんか?」
「ハハッ、そいつは無理な頼みだね。熊なんていつ暴れ出すか分かりゃしねぇ」
「……分かりました。質問というのは何ですか?」
「熊のくせに素直なんだな。まぁいい、手始めに聞く。まず1つ目、何故お前らは人間を襲うんだ?」
「他の熊たちはともかく、僕は人間を襲いません。人間が攻撃してきたら、防衛本能で戦うことはあるかもしれませんが……」
「その言葉、信じ難いねぇ……。じゃあ2つ目、何故お前は人間と会話ができる?」
「僕にも分かりません。」
「……3つ目、何故ウチの娘を拉致していた?」
その時モニター越しにラディーナの姿があった。ラディーナの表情はとても悲しそうに見える。
「拉致だなんて……誤解です!!」
「娘が行方不明になって随分探し回ったんだよ……父親としてな。この街の隅々まで警察を含めて捜索していたんだがな、見つからなかった。捜索範囲を広げて街の外を探し始めたらよ……お前さんたちの家に居たもんだから驚きだよ。お前も瀕死の状態だったみたいだが、色々と問い詰めてやろうと思ってねぇ。今のお前さんの体が回復してるのも、ウチの娘の力だ」
「(確かに僕は矢が急所に当たってからの記憶が無い。ラディーナが回復をしてくれたという事だろうか? でも僕を瀕死にしたのに、なぜ?) それで、僕たち熊種族をどうしようって言うんですか?」
「お前は特別に人間と会話ができる。だから俺の実験体として扱わせてもらう。死ぬまでな」
「そんな……!! ここから出してくださいっ!!」
その瞬間、体中に電流が走った。あまりに威力が強いため、気を失いそうだった。
「うぐっ……」
「俺に逆らうと今みたいな強烈な電流が流れる仕組みだ。お前ら熊は皆、俺の手によって滅びる運命なんだよ。ハハッ、ハハハハハ……」
「(狂ってる……! どうにかここから逃げられないか? いや、ここから出られても、無事に帰れる保証なんてない……! そうだ……!) ラディーナ」
モニターに映るラディーナは、ハッとした様子でこちらを見つめている。
「な、何?」
「ラディーナは、僕のこと忘れちゃったのかい?」
「――!! 私は……。私は、お母さんのことが……。すごく大切な存在だったわ。それは今でも忘れない。でも私にとって、熊は仇なのよ……」
「僕のことが仇なら、それは仕方のない事かもしれない。でも、もう1度思い出して欲しい。僕と、仲間と、クマ村長に出会った事。そしてどんな日々を過ごしていたか、ラディーナにとって僕はどんな存在だった――?」
「――!! ミッダ……!!」
ラディーナは目の前にある何かを素早く叩いているようだった。
「こら、ラディーナ!! 何を!? 止めなさい!!」
「嫌なのよ……!! ミッダがこのままオモチャになるなんて嫌なのよ……!!」
幸運なことに、僕を繋いでいた鎖は全部外れた。おそらくラディーナが外してくれたんだろう。バァン、と銃声が鳴った。モニターを見直すと、ラディーナが倒れている。
「な、なな…お前が悪いんだ! 父親に逆らうから!!」
僕の居る部屋の近くで銃声が聞こえた気がした。そして近くにある部屋を手当たり次第に探した。ラディーナを助けなくては、という気持ちの一心だった。そしてラディーナの父親が居る部屋に辿り着くのは、直ぐだった。扉が頑丈なため、体当たりを10回程して、ようやく開いた。そこには、ラディーナの父親と、血を流して倒れているラディーナが居た。
「お、お前……!!」
直ぐに銃を構え、僕にそれを向ける。
「僕のことを生かしておくんじゃなかったんですか?」
「チッ……気が変わったんだよ。こっちが殺られちゃ意味がない!!」
バァンと銃声が何度も鳴り響く。反射的に身体がビクリと反応したが、僕はその銃弾を素早く避けて、ラディーナの父親の首の後ろを強めに殴る。ラディーナの父親はあっけなく気絶したようだった。
「ラディーナ!! しっかりしろ!!」
僕はラディーナの反応が無い事を確認した。そして急いでその部屋を出た。ラディーナを腕に抱え、仲間を助けた後に、この街を脱出することが出来た。
運が良かったのは、ラディーナの撃たれた箇所が急所を外れていたことだった。僕はクマ村長にラディーナの容態を伝えて、治療を任せたのだった。それから1週間後、昏睡状態だったラディーナは、目を覚ました。
「……ここは? ……ミッダ!!」
「ラディーナ!! 目が覚めたんだね、良かった……」
僕とラディーナは、自然と抱き合い、お互いの存在を確認するかのようだった。
「私、ミッダに酷いことしちゃった……ごめんなさい……」
うわーん、という声と共に泣き始めてしまった。
「大丈夫、僕はちゃんとここに居る。でも良かった。僕もう、ラディーナに嫌われたんじゃないのかって思ったよ」
「もう、絶対に大事なんだからっっ!!」
それから僕たちは、また森で一緒に暮らし始めた。後からクマ村長に聞いた話なのだが、僕の両親と祖父母も人間と会話する特殊な能力が備わっていたらしい。僕が人間と会話できるのは、可能性として遺伝なのかもしれない。もしかしたら、また人間と対立する日が来るかもしれないけど、そのときはきちんと向き合っていこう。そうしていけば、人間と熊が仲良くできる日が訪れるかもしれない、という思いを胸に、ミッダは穏やかな日々を送るのだった。
熊と人間 藍瀬 七 @metalchoco23
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