言葉をひとつなくすなら
この世界から言葉をひとつなくすなら。その概念ごとなくすなら。大学の講義中に、講義の内容とは全く関係なく投げられた議題に、わたしは心の中で即答した。
数ヶ月経った頃、思い出したかのように誰かがその話を始め、きみは迷いなく「嫌い」をなくすと答えた。言ったほうも言われたほうも悲しくなるし、概念ごとなくなるのなら、嫌いがなくなるとみんな幸せになるんじゃないかと。やさしいきみらしいなと思って聞いていると、わたしはどうかと尋ねられ、わたしも「嫌い」をなくしたいと答えた。そんなこと、これっぽっちも思っちゃいないのに。
この世界から言葉をひとつなくすなら。その概念ごとなくすなら。わたしは迷いなく「好き」をなくすと答える。概念ごとなくなるのなら、きみがあの子を好きな気持ちも、わたしがきみを好きな気持ちも、どちらもなくなって、手に入らない悔しさも、あの子に対する妬みも、負の感情すべて最初から生まれることなどないのだから。そもそもきみに嫌いなものなんてあるのと聞けば「トマトの、噛んだときに破裂して果汁が飛んじゃう、あれが苦手」と答えられて、なんて平和なものなんだと笑った。
きみはきみのままでいい。「嫌い」をなくすと言う、やさしいきみのままで。だからこそわたしはきみを好きになって、だからこそわたしは「好き」をなくすと言うのだ。
言葉をひとつなくすなら。きっとそれが叶えば、わたしの世界の輝きも、すべてすべて失われるのだろう。
きみとわたしのものがたり 梧桐薫 @foxglove_tree
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。きみとわたしのものがたりの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます