【35:激戦】
「
ベイラムの号令とともにクロスボウから太矢が放たれ、妖魔が倒れる。
だが、今回は妖魔どもの足が止まらない。損害を織り込み済みの強襲という、単純で、かつ効果の大きい手段に訴えた、ということに違いなかった。
「工兵前へ! 槍構え!」
レフノールの命令に、おお、と工兵たちが応じた。
「コンラート、ゴーレムで援護を頼む」
口の端に皮肉げな笑みを浮かべた魔術師が、丁寧に――というよりも馬鹿丁寧に腰を折って一礼した。
「中尉、槍を借りるよ」
レフノールにそう声をかけたのはアーデライドだった。
「任せる。余ってるやつは好きなだけ持って行け。
君はまずそうな場所に適宜力を貸してくれ」
レフノールの言葉に、了解、と応じて、アーデライドが予備の槍を取り上げる。
「少し軽いかな、悪くないけど」
片手で持って重さとバランスを確かめたアーデライドはそう呟いて、工兵たちが作る戦列の全体を見渡せる位置に陣取った。
そんな会話の間にも、ベイラムの号令と射撃は続いていた。
「
号令とともに太矢が飛び、幾体かの妖魔が倒されて後続の波に呑まれる。
だが、その波そのものは、空堀とその手前の落とし穴を乗り越えようとしていた。
胃のあたりが縮むような感触を覚えながら、レフノールは声を張る。
「射手、別命ない限り射撃を継続!
後続を狙え! 前衛はゴーレムと工兵が片付ける!」
そこまで命令を下した直後、どどん、という、今までとは少々異なる戦鼓の音が戦場に響いた。
不意に立ち止まった妖魔たちが、一斉に腰から小ぶりの斧を引き抜く。
「警戒! 手投げ斧が――」
来るぞ、までレフノールが言い終える前に、再びどどん、という戦鼓の音が響く。
無数の投げ斧が、緩慢な放物線を描いて飛んだ。
大半は防柵の向こう側に落ち、あるいは防柵に当たって鈍い音を立てたのみだが、いくつかの悲鳴と呻き声も聞こえた。
「負傷者は後方へ! 療兵! 療兵!」
レフノールの命令をかき消すような大きさで、喚声と地鳴りのような足音が響く。
投擲の直後、妖魔どもは突撃に移っていた。
舌打ちをひとつして、レフノールは腰の剣帯につけた鞘から剣を引き抜いた。
「工兵! 連中が来るまで槍は防柵の外に出すな!
防柵に取り付いた奴、乗り越えようとする奴から突け!
列を乱すな、目の前の敵だけ見ておれ、隣は戦友がどうにかしてくれる!」
本当にそううまくいくかどうか、レフノールに自信などなかった。
それでも、指揮官が部下たちを信用している態でなければ命令に従う部下などいない。
――どこまでも御立派な将校のふり、か。
柄ではない、と思いながらも、用意されてしまった舞台なのだから、踊り続けるほかはない。
悲壮というには少々諧謔の効きすぎた感覚でもって、レフノールは覚悟を固めている。
どん、という衝撃音が響いた。
押し寄せてきた妖魔どもが防柵にぶつかった音だった。
同時にいくつもの叫び声と悲鳴が上がる。
防柵に取り付いた直後に槍で突かれる者。
後続の勢いに押されて防柵に叩きつけられる者。
防柵を乗り越えようとする後続に踏みつけられる者。
そこへ、横合いからコンラートの操るゴーレムが乱入した。
お世辞にも洗練されたものとは言えない動きだった。しかし、相応の質量の石材が振り回されているようなものではあるから、当たりさえすれば無事では済まない。柔らかいものが潰れるような湿り気に満ちた音が響き、血とそれ以外の何かが飛び散る。
味方の肩や背中を踏み台にして防柵を飛び越えようとする妖魔もいる。
大半は足場が崩れて自分が踏まれる側に回るが、たまたまうまく同族の背を蹴った1体が柵を飛び越え――着地する前に、顔面に斧を受けた。悲鳴すら上げず、不自然な体勢で地面に落ち、そのまま動かなくなる。
アーデライドが、落ちていた投げ斧を拾い上げて投げつけたようだった。
「あなたが落とした斧は――」
満足そうに呟いたアーデライドが、もうひとつ斧を拾い上げる。
「この、投げ斧ですか、と」
もう一度、自然な立ち姿から振りかぶり、さほど力を入れた様子もなく斧を投じる。
くるくると回転した斧が、柵を飛び越えたもう1体の肩口を捉えた。体勢を崩して落下した妖魔を、まるで散歩でもするような足取りで近付いたアーデライドが槍で刺す。悲鳴を上げた妖魔は、すぐに動かなくなった。
「――随分と物騒な泉の精霊だな」
半ば感心、半ば呆れたような気分で、レフノールが声をかける。
「褒め言葉ってことにしとくよ、中尉」
上機嫌な様子で、血のついた槍を引き抜いたアーデライドが応じた。
※ ※ ※ ※ ※
「工兵第3分隊、後方の監視に2名だけ残して集合! 急げ!」
レフノールは抜いたままの剣を掲げて叫んだ。
防柵は依然健在ではあったが、乗り越えてくる妖魔どもがちらほらと出始めている。
今のところはアーデライドが相手をしていて、乗り越える端から斬り捨ててはいるものの、いつ対応しきれなくなるような数が越えてくるかわからない状況だった。
かといって、前衛や射手を引き抜いたのでは防柵そのものを支え切れなくなる可能性がある。
そうであれば、あとは予備兼見張りとして残していた兵を前線に投入するしか打つべき手はなかった。
「よろしい、貴様らは防柵を乗り越えてくる奴らを片付けろ!
1対1で戦うな、可能な限り戦友と組んでやれ!
前線で負傷者が出たならばそこを埋めろ!」
拠点のあちこちから駆けつけた兵たちを前に、レフノールが命令する。
「中尉さん、後ろから更に増援!
さっきのと同じくらいの数はいる!」
喧騒の中、ヴェロニカの報告が飛ぶ。
レフノールは内心の焦燥を隠すように、笑顔を作ってみせた。
「よぉし、どうやら出番がありそうだぞ諸君!」
現況はレフノールの打った手が間に合った、ということではあるが、より苦しい戦いが先に待っている、ということでもある。
「曹長!」
射撃の号令を下し続けているベイラムを、いささか荒い口調で呼ぶ。
「はっ!」
ベイラムも怒鳴るような声で応じた。もはやそのようにしなければ近くに立っていても意思疎通が成り立たないほどの喧騒が、周囲を満たしている。
「機を見て装填を前線へ回せ。頃合いは任せる。
それでも支えられなくなるようなら射手もだ」
なにかを察して歩み寄り、隣で身を屈めたベイラムの耳元で――そうすればどうにか普通の声で話すことができる距離で――レフノールが命じる。戦況の悪化を告げるその命令と、後悔に満ちたレフノールの表情を見やって、ベイラムはにやりと笑って頷いた。
「まだそういうお顔をなさるような状況ではありませんなあ、隊長殿。
ここからが楽しいところなのですから」
「――抜かせ」
苦笑したレフノールが、間近にあるベイラムの頭を小突く。
小さく笑ったベイラムが背筋を伸ばし、新たな号令を下そうとしたとのとき。
「後方、狼騎兵10以上!
渡河してくる! 渡河してくる!」
残していた監視の兵から、悲鳴のような報告が届いた。
狼騎兵はどこからでも仕掛けてくる。それは森や林の中に限らない。
レフノールとベイラムが顔を見合わせる。最悪の状況がもたらされようとしていた。
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