【25:前線へ、ふたたび】
翌朝。
朝食を済ませたレフノールは、まとめた荷物を持ってリディアとともに外へ出る。
冒険者たちは出立の準備を整えて待っていた。
「おはよう、アーデライド。
改めて、今日からよろしく頼む」
「こちらこそ、中尉」
アーデライドと挨拶を交わす。
程なくベイラムが露営地からやってきた。
「中尉殿、おはようございます。
こちらの準備は完了しとります」
「よろしい、曹長。
では早速出発するとしようか」
「少佐殿も準備を整えておられました。
露営地へ戻る頃には準備を終えられるかと」
「わかった。
――そういうことだ、行こう」
冒険者たちに声をかけて歩き出す。
リディアとベイラム、そして4人の冒険者があとに続いた。
ベイラムの言葉のとおり、露営地では輜重隊とグライスナー少佐の一行が出発の準備をほぼ終えていた。
「少佐殿、おはようございます」
「おはようございます、少佐」
「おはよう、中尉、リディア。
旅をするにはいい日だな」
空は青く晴れ渡っている。
小さな雲がいくつか浮いているだけで、天気が崩れそうな様子はない。
秋の日差しはきつすぎもせず弱すぎるということもなく、羽織った大外套をやわらかく温めている。
グライスナー少佐の言うとおり、出歩くにはいい日和だった。
まったくの予定外だった前線への行軍、ということでさえなければ。
小さくため息をついたレフノールとは対照的に、リディアはふっと笑みを浮かべた。
「せめて、いい日であることを楽しみましょう、隊長」
「……そうだな。
降られなかっただけまし、と思うことにするか」
そう口に出すと、不思議と気分が軽くなった。
「まったくだ。
この上天気にまで祟られたらたまらん」
グライスナー少佐もどうやら同じ気分であったらしい。
「ところで中尉、あれは?」
レフノールたちの背後に視線をやったグライスナー少佐が、短く尋ねる。
冒険者たちとゴーレムのことを言っていた。
「雇いました。
何かと入用ではないかと」
簡潔に応じたレフノールの言葉に、グライスナー少佐がああ、と頷いた。
「昨日の連中か。そういえば偵察は地図も含めてよく出来ていた。
あれをもたらしたのなら安心だな」
「はい。
ああ、ゴーレムはあの4人組の中の魔術師が。少尉の発案です」
ほう、とグライスナー少佐が感心したような声を上げる。
同時に、後ろでちょっとした騒ぎが起きていた。
見慣れぬゴーレムに怯えた荷馬たちがいななきを上げ、ゴーレムから離れようと足を踏みならしている。
「便利そうではあるが、あれはまずいな」
「確かに仰るとおりですね……コンラート、ゴーレムを荷馬から離してくれ。
後ろ――いや、先頭がいいな。隊列の先頭へ回して貰えるかな」
後ろに立たれるよりは見える位置にいて背を向けている方が、害がないとわかってくれるだろう、と踏んでの指示だった。
コンラートが手にした杖で隊列の前方を指すと、ゴーレムが行儀よく並んで前へ歩き出す。
見守るレフノールたちの横を通り、街道に並んだ隊列の脇を抜けて、やがて先頭へ出た。
騒ぎはすぐに止み、出発を前にした隊列のざわめきが残った。
「アーデライド、君たちは行軍中、適宜周囲を警戒してくれ。
万が一戦闘になった場合はうちの連中のフォローを頼む。
目的は第一に兵の安全、第二に荷の安全、第三が敵の排除。
個別の指示は出さない。目的から外れない範囲で動きやすいように動いてくれればいい」
「了解」
雑な指示ではあったがそこは手慣れた冒険者、意図を汲んでくれたようだった。
そうこうするうちに出発の号令がかかり、隊列はゆっくりと動きだした。
※ ※ ※ ※ ※
3刻の行程を経てノールブルムに着いたのは、夕方近くなってからだった。
伝令が既に情報を持ってきていたからか、前回来たときとは雰囲気が違う。
ざわつき、落ち着かず、それでいて何かの期待に満ちている。
「隊長、少尉殿!」
ノールブルムに出張らせていた下士官、ノルダール軍曹が駆けてきて敬礼した。
「御苦労、軍曹。
その様子だと話は伝わっているようだな?」
「はっ、糧食と補修用の資材はまとめてあります。
ただ、この先、川までは馬車が使えません。荷駄で運ぶしか――」
「重いものについてはあそこのゴーレムを使う。
あとは可能な限り駄載し、日々の糧食は各人で運ぶ、というところでどうだ」
「問題ないかと、中尉殿!」
「よろしい、ではそのように。
工兵連中からなにか注文はあったか?」
「いくつか細々したものはありましたが、あらかたここで揃いました。
砦になかったものについては取りまとめてあります」
言いながらノルダール軍曹が書き付けを差し出す。
レフノールがざっと目を通すと、リストに書かれたものの大半は、ラーゼンから持ち込んだ荷の中に入っているものだった。
「よくまとめてくれた。
運んできた荷の中にあるものが大半だからあまり問題にはならないだろう。
今手許にないものは、その他の必要な品と併せてラーゼンから送るよう手配しよう」
「はっ」
「ここを出るのは明日の朝だ。
出立の準備を整えたら今日は休め」
「了解いたしました、隊長」
「ああ、待て、あとで兵を寄越して、この4人を――」
敬礼して駆け去ろうとした軍曹を呼び止め、冒険者の4人組を手で示す。
「兵舎へ案内してやってくれ。
部屋は下士官用のものを使う」
「はっ、了解いたしました!」
ノルダール軍曹が改めて敬礼する。
「――そういうことだから、アーデライド」
今度こそ駆け去ったノルダール軍曹を見送り、レフノールはこちらへ、と冒険者のリーダーを手招きする。
アーデライドが頷いて近寄ってきた。
「君たちの部屋にはあとで案内させよう。
食事の時間になったら呼びに行かせる。
ひとまず今日は休んでくれ。明日の朝から街道を外れてアルムダール川方面へ出張ることになる」
「忙しくなりそうだね」
アーデライドがにやりと笑った。
「川のこちらにいる間はそうでもない。
偵察で得た情報によれば、川のこちら側には妖魔はほぼいないそうだから」
「川向こうは?」
「それを調べに行く、というのも俺たちの任務のうちだからな」
まあそれもそうだね、とアーデライドが頷く。
「いずれにせよ本格的な仕事は明日からだ。
君たちには言うまでもないことと思うが、しっかり備えておいてくれ」
「案外、心配性だね、中尉さん」
近くで話を聞いていたヴェロニカが小声で混ぜ返す。
「習い性だよ。
こういう商売をしてると、言わでものことを言わんといかんことも多くてな」
君たちがそうだと言いたいわけじゃないが、とレフノールが少々言い訳がましく付け加えた。
「職業病ってやつ?
まあ、あたしたちも万全で仕事しないと大変だとは思ってるから、そこは安心して」
そうこうするうちに兵が駆けてきて、御案内します、と冒険者たちを連れていった。
※ ※ ※ ※ ※
兵たちは翌朝に備えて早めに休むことができたようだったが、レフノールやリディア、グライスナー少佐など、将校たちはなかなかそういうわけにいかない。
準備の状況は確かめねばならないし、後からここへ来る本隊への申し送り、ラーゼンや軍団本部への報告などなど、やるべきことは山ほどあった。
幸いなことにと言うべきだろう、この類の事務仕事もリディアは手早くこなしている。
いろいろとろくでもない状況ではあったが、何をやらせても水準以上という部下がついていてくれることは、レフノールにとって数少ない幸運だった。
「少尉、君はそろそろ休め。
俺もこの日録だけ書いたら寝る」
「はい、私もこの書類だけ書いたら――」
答えながら、手にしたペンは止まらない。
作っている書類はどうやら、ラーゼンから取り寄せるべき物品のリストのようだった。
「ああ、済んだら確認するから」
「はい」
形のよい指で支えられたペンがさらさらと紙の上を走り、丁寧な字を書き上げてゆく。
時折わずかに止まり、何かを確かめるように指が動き、そしてまたペンが走る。
レフノールはぼんやりとそれを眺めていた。
「――隊長?」
視線に気付いたのか、リディアが顔を上げた。
「あ、ああ、すまん。
少々考えごとをな」
「お疲れなのではないですか?」
気づかわしげな声だった。
なにか悪いことをしたような気分になりながら、レフノールは首を振る。
「大丈夫だ。
どちらにしてもそろそろ休むしな」
リディアは何も言わなかったが、本当にそうでしょうか、というように首を傾げる。
リディアの視線から逃げるように、レフノールはあらかた出来上がった日録に視線を落とし、最後の数行を書き上げた。
ほぼ時を同じくして、リディアもどうやら書類を書き終えたようだった。
「こちらです、隊長」
ご確認を、と差し出された書類に目を通す。
いつもながら、丁寧に書かれたわかりやすい書面だった。
「問題ないよ、ありがとう。
遅くなってしまったが、今日はもう休んでくれ。お疲れ様」
言葉に応じて立ち上がったリディアが、迷うような間のあとに一礼した。
「はい、では隊長、また明日。
――おやすみなさい」
「おやすみ、少尉」
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